凡人の知らない世界に足を踏み入れた超人たちの語る言葉は興味深い。
本書はマラソンで日本記録を更新したトップランナーたちのナマの言葉を集めた一冊である。
モスクワ五輪代表に選ばれ金メダル確実と期待されながら、ソ連(現ロシア)のアフガン侵攻に対する西側諸国のボイコットで出場できなかった瀬古利彦は、こう語る。
「練習ができない人はマラソン選手にはなれないし、素質がないと言うことです」そして「これ以上やったら死んでしまうから止めなさい」と何度も注意されたと言う。
何故それほど練習をするのか? 答えは明快。「宗兄弟の練習の凄まじさを聞いたら、それ以上のことをしなければ彼らに勝てないと覚悟」した。
単なる精神論ではない。瀬古と常にトップの座(その時代の世界一の座)を争った宗兄弟の兄・宗茂は、「練習というのは力を蓄えるものであって、試合は蓄えた力を吐き出すところ」と極めてリーズナブルに語る。
本書を読んでつくづく思うのは、素晴らしいライバルの存在である。
現在まで14年間も破られない日本記録2時間6分16秒をマークした高岡寿成は、現在は「情報が入手しやすくなったことでライバルが仲間のようになった」と言う。「本当にライバルなら壁を作ることも必要」だと。
また瀬古や宗兄弟とデッドヒートを繰り返した中山竹通は、「自分たちの頃に比べて駅伝の位置付けが少しズレている」と昨今の駅伝ブームに警鐘を鳴らす。「今は駅伝がチーム活動の頂点」だが、かつては「駅伝は一番下の位置」だったと。
しかし日本マラソン低迷の真因は判然としない。練習不足…心構え…ライバル…駅伝…日常生活…アフリカのランナーに勝てない真の理由は?
過去の超人たちの言葉が面白いだけに、今一歩踏み込んだ自分の言葉で著者にも分析、考察してほしかったと思うのは評者だけではないだろう。 |