コラム「ノンジャンル編」
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掲載日2012-07-25

この原稿は、今年(2012年)の7月8日付日本経済新聞書評欄の「今を読み解く」に書いたものです。まだ「蔵入り」していない少々早い“蔵出し”ですが、“ロンドン・オリンピック記念蔵出しノンジャンル編第1弾”として、少々加筆して公開します。御一読下さい。

五輪のあり方を考える〜ネット中継や交流も…

 開幕の近づいた第30回オリンピック・ロンドン大会は、はたしてどんな大会になるのか?

 陸上競技では、やはり「黒人選手」の活躍に目を奪われそうだ。が、川島浩平『人種とスポーツ〜黒人は本当に「速く」「強い」のか』(中公新書・2012年)は、誰もが思う「人種論」のナンセンスさを教えてくれる。

 たとえば400mリレーでは、日本記録よりジャマイカ記録のほうが速い。が、ドミニカ記録よりは日本記録のほうが速い。それはジャマイカの「黒人」の多くが陸上競技に励んでいるのに、ドミニカの「黒人」は野球をやっているからだという。

 またマラソンや中長距離走で世界記録を独占するケニアやエチオピアの「黒人」は、ごく一部の地域に暮らす特定の部族の出身者で、その部族特有の長い距離を走る生活文化が影響を与えた、と考えられるという。

 遺伝的要因によって優れた運動能力を生み出す資質が共有されるとしても、その影響力は一般に想定されいるよりはるかに小さいらしい。

 しかも歴史や文化や地理的条件等によって種類の異なる民族や部族は、ユーラシア大陸よりもアフリカ大陸のほうが、はるかに多く存在する。その違いを無視して「黒人は運動能力が……」と一言で語ることこそ、ナンセンスなのだ。

 小川勝『オリンピックと商業主義』(集英社新書・2012年)は第1回アテネ大会以来の五輪を収支決算で振り返る。

 そして入場料収入(個人の金)よりもテレビ放送権料と公式スポンサーの協賛金(企業の金)の割合が上回り、「商業主義」に走ったとされる84年ロス大会も、黒字が出たのは「商業化」の結果ではなく、支出を減らしたからと総括。

 実際、モントリオールやモスクワと同じ支出だったらロス大会もやはり「大きな赤字」だったと、組織委員長のユベロスの手腕を的確に再評価している。

 そして、その後のIOC(国際オリンピック委員会)のマーケティング、放送権料の急騰、大会の肥大化なども詳しく検討した本書は、「オリンピック商業化」の過去の歴史を詳しく教えてくれる。

 では、未来のオリンピックは、どうなるのか?

 今年のロンドン大会で、BBC(英国放送協会)は3D中継やネットTVによる全競技中継を計画。IOCは「アスリート・ハブ」と題した交流サイト(SNS=ソーシャル・ネットワーク・サービス)を開始。ボルトや北島などがIOC管理下のツイッターやフェイスブックで、世界中のフォロワーと交流しはじめた。

 このようなデジタル映像、ソーシャルメディアがさらに発展するに違いない2020年、二度目の五輪招致を企図する東京は、どんな大会を目指すのか?

『東京オリンピック1964』(新潮社・09年)は「戦後の復興」を世界にアピールした当時の写真や文章を集めている。

 開会式を見て《二十年前のやはり十月、同じ競技場に私はいた。出征してゆく学徒兵たちを秋雨のグラウンドに立って見送った》と書く杉本苑子は《オリンピックの意義が、神宮競技場の土にたくましく根をおろしてくれることを……》と結んだ。

 他に、堀口大學、石川達三、武田泰淳、柴田錬三郎、三島由紀夫、曾野綾子、市川崑、黛敏郎、山口瞳、石原慎太郎、北杜夫……など大勢の執筆者が、華やいだ興奮や静かな喜びに満ちた文章を寄せている。

 それから半世紀を経て、「震災からの復興五輪」でも、同様の輝きや喜びにあふれた文章が並ぶだろうか?

 高杉良の『祖国へ、熱き思いを 東京にオリンピックを呼んだ男』(講談社文庫、92年)は、ロサンゼルス在住の日系二世・フレッド和田の評伝小説。

 数多くの外交資料を繙いた波多野勝『東京オリンピックへの遥かな道 招致活動の軌跡1930―1964』(草思社・04年)でも、フレッド和田の活動が際立つ。

 戦前の貧困や太平洋戦争の苦難に挫けず、戦後は青果商としてスーパーの経営に成功し、フジヤマのトビウオと呼ばれた日本水泳陣のアメリカ遠征を支援。東京五輪招致でも私費を投じて南米各国を訪問し、IOC委員の説得に心血を注いだ。

「戦後の復興五輪」の成功の裏には、このような無私の精神を貫く見事な「昭和の男」が存在していた。

 はたして現在の平成日本に「第2のフレッド和田」を生み出す力はあるのだろうか……?


掲載日2012-07-25

この原稿は、(株)ヤナセのPR誌『YANASE LIFE PRESIR』2012年7+8月号の巻頭コラム“FRONT VIEW”に書いたものをもとにして、大幅に書き加えたものです。“ロンドン五輪記念蔵出しノンジャンル編第2弾”として、まだ蔵入りしていない原稿ですが、“蔵出し”します。

ロンドン・オリンピックはシェイクスピアに注目!?

 ロンドン・オリンピックの開幕がいよいよ間近に迫った。
 水泳平泳ぎ北島康介と女子レスリング吉田沙保里の3連覇は……? なでしこジャパンのW杯優勝に続くタイトルは……? と、マスメディアも大いに騒ぐ。

 が、盛りあがる五輪の話題と裏腹に、意外と知られていないのがオリンピック文化プログラム(芸術祭)の存在だ。

 古代ギリシアのオリンポスの祭典競技(古代オリンピック)には、詩の朗読や竪琴の演奏などを競う競技(芸術競技)が存在し、多くの画家や彫刻家が身体競技の様子を絵や彫刻に残していた。

 そのことを知っていた近代オリンピックの創始者ピエール・ド・クーベルタン男爵は、近代オリンピックでも、そのような「芸術競技」の実施を企図していた。

 そして1912年の第5回ストックホルム大会以来、文学(詩や小説や劇作)や音楽(作曲や演奏)、絵画や彫刻、それに都市計画といった「芸術競技」を実施。

 1936年の第11回ベルリン大会(ヒトラーが主導し、現在では“ナチ・オリンピック”とも呼ばれている大会)では、日本人画家の藤田隆治と鈴木朱雀が「絵画競技」の油絵部門と水彩画部門で3位に入賞。それぞれ銅メダルを獲得した。

 オリンピックは「人類の祭典」で、人間は身体(ボディ)&精神(ソウル)から成り立っている存在。だから身体競技と精神競技のどちらも必要……というのがクーベルタンの考えだった。

 が、やがて人間精神の産物である芸術(アート)は競技として競うものではない、という考えが主流となり、1948年第14回ロンドン大会を最後に「芸術競技」は廃止された。

 かわってオリンピック開催都市には「アート・エキジビジョン(芸術展示)」を催すことが義務づけられ、現在では、《オリンピック村(選手村)の開村期間、複数の文化プログラムを計画しなければならない》と、IOC憲章(第5章39条)に定められている。

 そこで、どのオリンピック大会でも数多くのクラシックやポップスやロックのコンサート、オペラやミュージカルや演劇、絵画展などが開催されるようになった。

 最近では、2000年のシドニー・オリンピックの文化プログラムが充実しており、女子マラソンで金メダルを獲得した高橋尚子の激走の背後に映し出された貝殻の形をしたオペラハウスでは、オリンピック音楽祭として連日モーツァルトなどのオペラが上演されていたほか、小ホールではアニメ・フェスティバルが催され、『鉄腕アトム』や『もののけ姫』など日本のアニメが数多く上映されていた。

 今回のロンドン五輪でも、ネットに公開されたプログラムを見てみると(http://festival.london2012.com/brochure/)、音楽では、指揮者のダニエル・バレンボイム、グスタボ・デュダメル、そしてサイモン・ラトルとベルリン・フィル、オペラ歌手のプラシド・ドミンゴ、ジャズ・トランペッターのウィントン・マルサリスなど、素晴らしいコンサートがズラリと並んでいる。

 が、今回の「ロンドン五輪芸術祭」でなんといっても素晴らしいのは、シェイクスピアの連続上演だろう。

 競技大会の開会式も、シェイクピアの戯曲『テンペスト(あらし)』に基づく「驚きの島々」というテーマで演出される(演出は映画『トレインスポッティング』や『スラムドッグ$ミリオネア』を監督したダニー・ボイル。音楽はボイルとのコラボ活動も多いアンダーワールド。また、元ビートルズのポール・マッカートニーが出演して最後に『ヘイ・ジュード』を歌う……ともいわれている)。

 が、4月から11月までの長期間にわたって『ワールド・シェイクスピア・フェスティバル』が開催され、世界中の劇団がイギリス各地を訪れ、英語はもちろん、ドイツ語、フランス語、日本語、中国語からスワヒリ語や手話まで、37の言語でシェイクスピアの戯曲が上演される。

(中国の劇団が、『リチャード3世』を現代演出によって上演するので、残忍、狡猾な王が、どのような現代の支配者=共産党幹部?に描かれるか、注目する声もあるらしい……)

 ジャマイカのボルトは100mで世界新記録を出すか……と期待するのもオリンピックなら、どんなシェイクスピアの舞台が……と注目するのもロンドン五輪の愉しみ方なのだ。

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