『現代科学思想事典』(伊東俊太郎・編/講談社現代新書)は、人類が文明を築いて以来、「科学し続けてきた」ことの膨大なパワーに虚しさを覚えるほど圧倒される。とはいえ、科学というジャンルの事典でも、やはりおもしろいのは、ちょいとパロディックで斜に構えた『万物寿命事典』(F・ケンディクほか著/講談社BB)や『発明発見小事典』(E・デ・ボノ著/同)の類だろう。
前者は、ブラックホール、太陽、地球、放射性元素から、人間、ゾウ、ミミズ、さらに、コンクリート、煉瓦、家、道路、運河、そして、テレビ、ラジオ、バット、グローヴ、ブラジャー、ストッキング、豊胸手術にいたるまで、万物の「寿命」を説いた事典。10年以上前に出版された事典のため、電化製品の記述などに古さが目立つが、エッセイとしても秀逸な記述が多く、この本の寿命は、あと10年は大丈夫だろう。
後者は、アイスクリーム、リニア・モーターカー、クレジット、スーパー・マーケット、知能テスト・・・などなど、人間が発明したり発見したものの起源(いつ、どこで、だれが)を書いた事典。この本も、科学エッセイとしても楽しく読むことができる。
人体をとりあげた科学モノでは、『新釈・からだ事典』(渡辺淳一・著/集英社文庫)、『がくがく辞典』(増原良彦・著/文藝春秋)がおもしろい。どちらも雑学エッセイとして秀逸である(著者が著者だけに、当然といえば当然ですけどね)
――と、ここまで書き進んで、与えられた誌面がすでに残り少なくなったことに気づいた。大急ぎでアトランダムに、一風かわったおもしろ辞典を紹介することにしよう。
世界中のなぞなぞを集めた『世界なぞなぞ大事典』(谷川俊太郎ほか著/大修館書店)は、なぞなぞを楽しむなかで世界各地の民族の宇宙観や世界観、人生観や性格(キャラクター)を知ることができる。
世界各地のジェスチャーの意味(の違い)を解説した『ノンバーバル事典』(金山宣夫・著/研究社)も興味深い指摘が多い。「小指を立てる」と、日本や韓国では「恋人」を表すことになるが、インドやスリランカでは「トイレへ行きたい」、中国では「つまらない」という意味になるらしい。
萌葱(もえぎ)、黄檗(きはだ)、団十郎茶・・・といった日本のあらゆる色、グレージュ、フォーン、シャモア・・・といったヨーロッパのあらゆる色を、カラーで解説した『色の小事典』(『日本の伝統色』『ヨーロッパの伝統色』の2分冊で、どちらも福田邦夫・著/読売新聞社)も、色の種類の多さに圧倒されて、色に酔える。
「死」にまつわるエピソードや格言、名言ばかりを集めた『死の辞典』(R・サバチエ著/読売新聞社)は人間の「生」を考えるうえでおもしろい。
〈インスタント・ラヴ〉〈アルサロ〉〈白粉(おしろい)チンチン〉(オバンキラー役者のこと)・・・などなど、過去に流行して消えた言葉ばかりを集めた『失われた言葉辞典』(現代言語セミナー編/平凡社)や、小説に出てくる登場人物の名前を網羅した『遊名字典』(同)も、いつまでページをながめていても、見飽きない。いや、読み飽きない。
さらに図版を見るだけで陶然としてしまうのが、加藤唐九郎の解説とカラー図版が美しい『原色陶器大辞典』(淡交社)。
世界中の「遊びの文化」を網羅した『遊びの大事典』(日本レクリエーション協会・監修/東京書籍)、プロ野球のあらゆる記録を見事に網羅した『プロ野球記録大鑑』(宇佐美徹也・著/講談社)、それに『スポーツ大事典』(日本体育協会・監修/大修館書店)の3冊のおもしろさを知らない人物を、わたしは「スポーツライター」と認めたくない。
〈計る・測る・量る・図る・謀る・諮る〉〈分かる・解る・判る〉など、同音異義語の漢字の使い方が即座にわかる『漢字の用法 角川小事典2』(武部良明・著/角川書店)。この小事典シリーズには、『外来語の語源』『比喩表現辞典』『擬音語擬態語辞典』『日本年中行事辞典』『図解外来語辞典』など、便利なもの、おもしろいものが30冊以上も揃っている。ちなみに『外来語の語源 角川小事典26』で〈スポーツマンシップ〉という言葉を引いてみると、明治4年には「田猟捕魚等を為す人の業、同上に熟したる人の業」、大正7年には「遊猟またが漁猟の道」と訳され(解釈され)ていたことがわかる。
〈便・両便・糞尿・屎尿・汚物・汚穢・糞・うんこ・糞便・大便・軟便・液便・血便・緑便・宿便・人糞・馬糞・鶏糞・小便・小用・小水・尿・おしっこ・血尿・糖尿・・・〉と、ずらりと並んだ類語の行列をながめるだけでもなぜか笑ってしまうのが、『類語新辞典』(大野晋ほか著/角川書店)。
そして、漢字の構造から意味を解説した『字統』と、漢字の訓読み(中国の文字の使い方)がどのように定まったかを検証した日本語表記のルーツ探しというべき『字訓』という二大名著(いずれも白河静・著/平凡社)は、日本人なら一度は目を通すべき、とまでいいたくなるくらいスゴイ辞書というほかない。
――いやはや、紹介したいすばらしい辞典や事典は、まだまだたくさんある。が、ごくふつうの辞典や事典をちょいと開いてみるだけでも、おもしろいことはいっぱいある。
〈バブル〉〈クアハウス〉〈セクシャルハラスメント〉といった言葉がくわわった『広辞苑第四版』に、〈ボディコンシャス〉〈ワンレングス〉といった言葉がないと気づくだけでもおもしろい。
『和伊辞典』を引いて、「アマチュアリズム」という言葉が、イタリアでは“DILETTANTISMO”(ディレッタンティスモ=ディレッタンティズム=日本語でいえば「道楽」)ということを知ることができるだけでもおもしろい(わたしはイタリア語はおろか英語も満足に話せないが、独仏伊西羅の辞典だけは揃えて楽しんでいるのだ)。
この国の体育協会、とりわけ日本ラグビー・フットボール協会が金科玉条のごとく奉りつづけてきた「アマチュアリズム」も、じつはイギリスのジェントルマンが肉体労働者を「肉体をつかうプロ」としてスポーツ大会から排斥するためにでっちあげた差別思想なのだが、まだまだ「アマチュアリズム」を信奉するディレッタントたちには、「ああ、道楽を楽しんでおられるわけですね」といえばいいのだ。
辞典の世界、事典の宇宙は、際限なくひろがっている。
地球が自転するかぎり、人間はジテンするものなのであろう。 |