第3回 『ディスコロボス』古代オリンピック円盤投像
古代ギリシャのオリンポスの祭典では演説や竪琴が正式競技として競われ、身体競技を描写した彫刻や壺絵なども、競って製作されたという。
人間は精神と身体が合体した存在。ならば身体競技だけでなく精神競技も必要と考えたクーベルタン男爵は、古代オリンピックにならって近代五輪でも、絵画、彫刻、音楽、詩歌、文学などの芸術競技を実施。金銀銅のメダルも与えられた(1912年第5回ストックホルム大会から48年第14回ロンドン大会まで)。
今日では芸術は競うものではないとの考えで正式競技から外されたが、五輪開催都市には芸術祭(芸術展示=アート・エキジビジョンという名で始まり、現在は文化プログラムと呼ばれている)の実施が義務づけられている。ロンドン五輪では各種コンサートの他、手話を含む33種類の言語によるシェイクスピアの連続上演などが行われた。
古代オリンポスの神々のような美しい身体に近づこうとする試みが身体競技(スポーツ)なら、芸術(アート)は歌や絵画や彫刻で神々を讃える行為。さらに神々の意向を問いかけて知る(想像する)行為がギャンブルとも言え、この3種は同じ根を持つ兄弟文化とも言える。
2020年の東京五輪では、はたしてどんな芸術祭が催されるのか? 開会式の演出だけでなく、多くの人の注目を集める文化プログラムを実現してほしい。
ディスコボロス(円盤を投げる人)は、力強くしなやかな身体と思索的な面立ちが見事な均整を生む古代ギリシャの大傑作。現代の五輪もこの美しさに比肩する価値を!
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第4回 クールベ『レスラー』
「レッスル」とは元々「動物がじゃれ合う」という意味。だからレスリングでは相手の着衣を掴むのは反則(動物は衣服を着ていないから)。ヘッドロック、フルネルソン、ベアハグ、コブラツイスト……も、四つ足の動物相手の技から生まれた。
最近レスリングが五輪競技から外されそうになる騒ぎがあったが、この格闘技は、紀元前3千年にはメソポタミア地方で既に競技として成立していた。紀元前776年に始まったとされる古代オリンピックより古い歴史を誇るだけに、レスラーたちは大いに苛立ちを感じたに違いない。
クールベは、この格闘技の古く長い歴史を描き出した。相手と組み合い、投げよう、ねじ伏せようとするレスラーと、それを懸命に堪えようとするレスラー。
彼らは5千年の時空を越えて過去に戻る。周囲の観客の目も近代的な建築も、彼らのレッスルする世界とはまったく無縁。時代は変わっても人間の肉体は変わらないと写実主義の画家は言いたいのだろう。
しかも彼らレスラーたちは、互いに闘ってはいるのだが、ルールを遵守している。相手の頭抱えて捻ろうとする両腕は首を絞めることなく、相手の頭を押さえて堪えるレスラーの左手は髪を掴もうとしていない。それに、右手も拳を握らない。
競技化(ルール化・スポーツ化)された格闘技とは、「殺すな!」というメッセージを含む人間の文化的営みなのだ。 |