コラム「ノンジャンル編」
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掲載日2004-01-26 
この原稿は、5年前(1999年)に『札幌イエローページ』の連載「遊びをせんとや生まれけん」(第53回)で発表したものに、ちょいと手を加えたものです。
「情報過多時代」の楽しみ方
  今年(1999年)の4月から中学生になった息子が、カラテ部に入った。まあ、何部に入って何をやろうが、親としてとくに期待もなければ反対する気もない。ただ、少々気になることがあった。
 それは、《言葉》に対して、あまりにも無頓着――ということである。

 息子は、カラテ部の活動をおもしろがっているようで、家に帰ってくると、「これが、サンチンダチという立ち方。これが、セイパイという打ち方。これが、チントウ」・・・といった具合に、解説付きで、その日に習い憶えた「型」を演じてみせる。
 そこで、小生が問い返す。 「サンチンって、どういう意味やねん? セイパイって、漢字では、どう書くんやねん? チントウは? そもそも、カラテとは、どういう意味なんや? なんで、漢字で『空』の『手』と書くんや?」

 息子は、「さあ・・・」と首をひねるばかりで、答えられない。オヤジは、呆れ返って(少々楽しみながら)、息子イジメを開始する。
 「おまえは、自分で意味もわからん言葉を平気で使うてるんか? よう、そんな阿呆なことができるな。自分で意味もわからん言葉をぺらぺらと口にするもんやない。身体の動かし方を習うだけでのうて、言葉の意味も教えてもろてこい」
 頭ごなしに説教された息子は、何とか反撃しようと、無意味な言葉を重ねた。
 「そんなこと、きっと誰も知らないよ。先生だって知らないよ。誰も教えてくれないよ」
 「それやったら、自分で調べんかい。知らんことに疑問を持ち、その疑問を解決する。それがホンマの勉強ちゅうもんやろ。スポーツ部に入ったからというて、身体を動かしてるだけではあかん。頭も動かせ」 「そんなこといって、だったら、お父さんは、カラテについて知ってるの?」
 「カラテちゅうのんは、中国の拳法が沖縄に伝えられて、かつては『唐手』と書かれていた武術やった。それくらいのことは知ってる。それが大正時代に本土へ伝えられ、最初は『トウデー』と音読みしてたけど、そのうち『カラテ』と訓読みされるようになって、漢字で『空手』と書かれるようになった。なんでそうなったかは、文献がないから、いまでも不明や。それ以上の技術用語については、カラテをやったこともないし、調べようとも思わんかったので、知らん。それを調べるのは、カラテ部に入ったおまえの仕事や。勉強は学校の教室だけでするもんやない。カラテがすきなら、カラテ博士になってみい・・・」
「・・・」

 所詮は中学1年生。25年以上もスポーツライターとして《言葉のスポーツ》で生活してきた男に、理屈で勝てるわけがない(こんなことで自慢してどうする!・笑)。
 まあ、《文化》というものは、意味などわからないまま継承されていくのが常だから、息子が「サンチン」や「セイパイ」や「チントウ」の意味を知らないまま身体を動かしても、さして不都合もなければ、問題も出ないだろう。が、「情報化時代」とか「情報過多の時代」といわれるなかで、昨今はあまりにも多くの言葉が無意味なまま(意味を無視されたまま)人口に膾炙しているように思える。
 その単純な疑問に気づいたのは、やはりスポーツライターとして、スポーツの原稿を書く仕事をしているときのことだった。

 野球のショート・ストップは、内野の最も奥の守備位置に立つのに、どうして「ショート・ストップ」(短く・止める)というのか?
 ラグビーのライン・アウトは、ボールを外から中へ投げ入れるのに、どうして「ライン・アウト」(ラインの外へ)というのか?
 ラグビーでは得点をあげたことを、どうして「トライ」(挑戦)というのか?
 競馬で残りの距離を示す表示板を、どうして「ハロン」というのか? 競馬のスタートのやり直しのことを、なぜ「カンパイ」というのか?
 テニスで最初に打つ打球は、思い切り敵のコートに打ちこむのに、それを、どうして「サーヴィス」というのか?
 そんな疑問がいったん頭に浮かぶと、もう止まらない。

 ジャイアンツが「巨人」、タイガースが「虎」というのはわかるが、なぜ「巨人」なのか? なぜ「虎」なのか? だったら、ロサンジェルス・ドジャースの「ドジャース」とは、どういう意味なのか?
 「フットボール」というのは、足でボールを蹴るから名付けられたのだろうが、「サッカー」とは、どういう意味なのか?
 「テニス」とは、どういう意味なのか? 「テン(10)」と関係がある言葉のか?・・・
 スポーツ用語は、わけのわからないことだらけである。いや、スポーツだけではない。
 音楽劇のことを、どうして「オペラ」というのか? 独奏付きの協奏曲のことを、どうして「コンチェルト」(コンサート)というのか?
 そんな疑問は、最近メディアを騒がせている「ガイドライン」「周辺事態」「デリバティヴ」「不良債権無税償却」といった言葉に対する疑問にまで発展する。
 まあ、最近の世の中はワケのわからないことだらけで、「情報過多の時代」とは「理解されない言葉の氾濫する時代のこと」といってしまえばそれまでだが、あらゆる言葉には必ず意味があるものだ。意味のない言葉というのは存在せず、その言葉が使われているということは、何かしら必然的な意味や理由があるはずなのだ。

 先に列挙したスポーツ用語の疑問を、そのまま放置しておくと、読者のなかにはいらだちを感じる人もいるだろうから、少しばかり「正解」を書いておこう。

▼野球のショートは、野球が生まれた十九世紀中頃、二三塁間だけでなく一二塁間にも存在し、一、二、三塁手よりも前方の守備位置で文字通り打球を短い(ショートの)距離で止めていたからショートストップと呼ばれるようになった。

▼ラグビーが生まれた頃、観客がタッチライン際に立って観戦したため、タッチラインを割ったボールは、観客がフィールドに投げ入れた。従って、観客の側(イン)から見て、フィールドは外部(アウト)だったので、そこに並んだ選手に投げ込むことをラインアウトというようになった。

▼ラグビーは、もともと二本の棒(ゴールポスト)の間にボールを蹴り込むことのみを得点(ゴール)とし、二本の棒の背後までボールが持ち込まれた場合のルールがなかった。のちに、そのような場合、ゴールに挑戦(トライ)する権利が与えられるようになった(現在の「コンヴァージョン」にあたる)。その後、トライ(ボールをゴールポストの背後に運び込むこと)を争うことのほうが注目される(おもしろがられる)ようになり、トライだけでも得点が与えられるようになった。

▼競馬のハロンは"far long"(距離)、カンパイは"come back"(戻れ!)という英語の日本語表現(聞き間違えた言葉)。

▼テニスのサーヴィスは、テニスが盛んになり始めた18〜19世紀には、ゲームの最初の第一球を召使い(サーヴァント)が丁寧に投げ入れたため、サーヴィスと呼ばれるようになった。

▼読売ジャイアンツは、最初(大日本東京野球クラブとしてアメリカに遠征したとき)、神武天皇の東征を導いた金色の鵄(トビ)にちなんで「ゴールデン・カイツ」(Golden Kites)と名付けられたが、"kite"(トビ)に俗語で「詐欺師」という意味があったため、アメリカのニューヨーク(のちのサンフランシスコ)・ジャイアンツの関係者に「同じジャイアンツにしなさい」といわれて、そうなった。ちなみにジャイアンツとは、旧約聖書に出てくる「巨人ゴリアデ」のことで、巨人は日本書紀から旧約聖書に「宗旨替え」したといえる。

▼タイガースは、誕生当時「煙の都」(工業都市のこと)と呼ばれることを自負していた大阪が、同じ工業都市として有名だったデトロイト・タイガースの名称をそのままパクッタもの。

▼ドジャースは、ニューヨークのブルックリンで誕生した大リーグのチーム。そこは狭い道に大型のトロリーバスが走っていた下町で、道路で遊んでいたブルックリンの子供たちは、常に母親から「ドッジ!(避けろ!)」と叫ばれていた。そこで、ブルックリンの子供たちが「ドジャー」(避ける人)と呼ばれるようになり、ドジャースは、ロサンジェルスに本拠地を移したのちも、その名前を残した(ちなみに「ドッジ・ボール」とは「ボールを避けるゲーム」のことである)。

▼テニスという名称については定説がない。が、チュニジアの「チュニス」からフランスに伝えられた球戯から発展したため、という説がある。

 ・・・といったことがわかったからといって、べつにさほど大きな意味があるわけではない。知ったからといって偉くなるわけでもなければ、知らなかったからといって人生で損失を被るわけでもない。が、「知る」と「知らない」では、対象物(スポーツ)に対する姿勢や態度が大きく違ってくる。
 少しでも理解したという意識が高まると、対象物に対して敬愛の情も高まり、逆に、批判すべき問題点が見えてきたりもする。いや、そもそも、過去は現在の原因であり、現在は未来の原因であるならば、過去の歴史を知らないと、現在も未来も語ることなどできないはずだ。
 とにかく、わけのわからない言葉に対する疑問を放置しないこと。いや、わけのわからない言葉に対して、素直に疑問を抱くこと。それが、情報過多の時代に大切な生き方、といえるのではないだろうか。

 百科事典で「カラテ」を調べた息子は、「サンチンダチ」は「三戦立ち」、「セイパイ」は「十八歩」、「チントウ」は「陳東」であるところまで「わかった」という。が、「どういう意味なのかはわからない」という。
 とはいえ、そこまで調べただけでも、彼が沖縄文化や中国文化の入り口に立ったことは確かである。疑問すら抱かず、調べもしなければ、「カラテの楽しみ」(情報過多の時代の楽しみ)を少ししか味わえなかったに違いない。

(註・ここに書かれている内容を、『トリヴィアの泉』に応募することを禁じます・笑)

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野村万之丞 ラジカルな伝統継承者(1)

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事典・辞典・字典・ジテンする楽しみ(第2回)

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