行きつけの店は? と訊かれて答えに窮するのは、私だけではないだろう。
友人に訊ねられて答えるのなら簡単。正直に教えてあげればいいだけのことだ。その店でいつか友人と出逢うのも悪くない。が、さほど親しくない人物から訊かれたときは、答えに困る。さほど親しくない人物とは、行きつけの店で出逢いたくないからだ。
寿司屋にしろ小料理屋にしろ、赤提灯にしろバーにしろ、行きつけの店とは、出される料理や酒の味が素晴らしいのは当然のこととして、自分の気に入る雰囲気、落ち着ける雰囲気が何よりだから、さほど親しくない人物とカウンターで同席して、場を取り持つだけの会話など交わしたくない。
週刊誌や月刊誌からのアンケートなどで、行きつけの店や美味しい店を紹介してほしい、といった依頼が来たときも、少々注意を要することになる。
テーブルが分かれていて、他の客と顔を合わせることのないような、ある程度大きな店なら、悩むことなく紹介できるが、カウンターだけのような小さな店の場合は、やはり紹介するのをためらう。
「あなたが週刊誌に書かれたのを読んで来ました…」と挨拶されても「はぁ、そうですか」と返事するほかなく、それ以上に、そういう小さな上質の店は既に常連客だけでいつもけっこう混んでいるから、マスコミに出て新たな客が増えたりすると、自分が行きたいと思ったときに入れなくなるおそれがある。
「そんなこと考えないで宣伝してくださいよ」
と、行きつけの小さな鮨屋の店主にいわれたことがあって、一度雑誌に紹介したが、客が増えたので二度とマスコミには紹介しないことを心に決めた。
とはいえ、自分が行きつけにしている店は、やはりいい店なので、多くの人に紹介したい、という気持ちも働く。この味を多くの人に知ってほしい、この雰囲気をわかってほしい、…という思いに駆られる。
それは、若い頃、つきあいはじめた女性を友人に紹介したくなる気持ちと、少し似ている。奪われるのはイヤだが、自慢したい…。
もっとも、わたしの生まれ故郷の(というには都会すぎるが)京都祇園町には、そんな気持ちをどうしようもない店もある。というのは、その店(の多く)が「会員制」「一見さんお断り」を徹底し、マスコミにも出ないと決めているのだ。だから残念ながら誰にも教えることができない。教えたところで入れない。
そんな店の一つに、昭和初期から続いている小さなバーで、店のなかはまるで博物館のような趣の店がある。年代を感じさせる木のカウンターの内側には、江戸切り子のコップやヴェネチア・グラス、それに古いウイスキーやブランデーの珍しいボトルがずらりと並んでいる。
あまりに素晴らしいお店なので、一度だけママに頼み込んで、NHK-BSの某番組で紹介させてもらったことがあった。が、そのときの条件は、店の名前を出さないこと。そして(場所がわかると困るので)店の外部を撮影しないこと。そういう店だから、紹介のしようがない。
行きつけのお店にも、色々ある。それもまた、異性とのおつきあいに、どこか似ている。
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