虫明亜呂無氏の文庫本落掌。 小生が私淑してきた虫明氏の筆蹟が世に出るのは無条件で喜ばしいことと思います。が、少々気になること、と言う以上に、かなりの憤りを感じる記述が、「編者あとがき」にありましたので、メールさせていただきました。
小生の編集した『虫明亜呂無の本2野を駈ける光』について、《編者がスポーツ・ジャーナリストであったために、内容がスポーツをテーマにした評論、小説に絞られており》という一文は、まったく浅薄な読解力による誤認と断じざるを得ません。
まず、小生は「スポーツ・ジャーナリスト」と名乗ったことなど一度もありません(「スポーツライター」と長らく名乗り、現在は「スポーツ文化評論家」を肩書きに用いています)。もっとも、これは「編者」が小生のことを、そのような浅薄な肩書きを用いる程度の人物だと考えて(小生に確認せずに)用いておられたのであれば、それは受け入れるしかないことかもしれません。が、《内容が主にスポーツをテーマにした評論、小説に絞られ》というのは完全な間違いで、読者に誤ったメッセージを示す表現として看過できるものではありません。
この編者は(そして編集者である貴兄も)、『虫明亜呂無の本2』に含まれていた虫明亜呂無氏の『ヴェルディの「オテロ」』『森の騎士 ベートーヴェンとワーグナーの心象風景』などを読まれなかったのでしょうか? また他の女性論や競馬論も、けっして《スポーツをテーマにした評論、小説》などではないことは、一読すればわかっていただけるはずで、この表現は虫明氏と虫明氏の作品に対して甚だ失礼なことと思います(しかも、この第2巻には「小説」は含まれておりません)。
この編者が(また編集者である貴兄が)、『虫明亜呂無の本』の『1』と『3』を読んでおられるのか否かは存じませんが、じつは、この「虫明亜呂無選集」を、御社の編集者といちばん最初に企画したときは、全5巻の予定で、小説、競馬評論、スポーツ評論、で3巻。あとの2巻で、映画論、演劇論、役者(女優)論、音楽論、オペラ論、文芸論、その他……という計画を立てていました。が、御社編集部のほうから、「5巻出すのは無理だから3巻に」と縮小を求められ、やむなく第2巻に予定していた競馬論の一冊に、4〜5巻に予定していたものを少しばかり押し込んだ次第でした(このような経緯に関する引き継ぎなどはなされずに、新たに文庫本を出されたようですね。虫明家への了解等もきちんとなされたのかどうか、「編者あとがき」にも何も触れられていないので、少々心配になります)。
5巻本を3巻にした際、主にオペラやベートーヴェンに関する文章を選択し、映画論、文芸論を捨象してしまったのは、音楽評論家としての小生の個人的趣味が優った結果といえるかもしれません。が、断じて『虫明亜呂無の本2』は《スポーツをテーマにした評論、小説に絞られ》た内容ではなく、ましてや小生が用いたこともないばかりか「唾棄すべき肩書き」とまで思っている「スポーツ・ジャーナリスト」ゆえに編纂されたものではありません(そもそもジャーナリストという名称を、政治や経済やスポーツなどの専門分野に絞り込んで接続させることは、ジャーナリスト精神に相反していると言うべきでしょう−−と小生は考えています)。
……というわけで虫明氏の文章が、少しでも多くの人に読まれるのは(特に若い人に読まれるのは)大変嬉しく思いますが、この「編者あとがき」だけは、完全な誤読と無理解のうえに書かれた文章と断じざるを得ませんので、絶対に書き直していただきたいと思います。内容が完全に間違っているのですから、誠心誠意よろしくおねがいします。
既に出版されたものですから、増刷時の書き換えになるかと思いますが、善処して下さい。小生の虫明氏に対する思いから、まだご存命だった奥様に頼み込み、ご自宅にあった資料をすべて提供していただき、表紙のイラストを和田誠氏にお願いして果たした小生の自慢の仕事が、同じ出版社から出された文庫本で、こんな粗雑な「書き方」をされたのことは本当に泣きたいほどの痛恨の思いで残念です。 玉木
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以下は、上記「抗議文」に対する回答です(メールをそのままコピペしたものです)。
このたびは、虫明亜呂無『むしろ幻想が明快なのである――虫明亜呂無レトロスペクティブ』において、編者解説ならびにPR誌「ちくま」掲載の文章において、玉木正之様ならびに玉木様の編書につきまして、事実の誤認がありましたことをお詫び申し上げます。 それぞれ文章に書きました通り、当時虫明亜呂無氏を玉木様が紹介されたことを、大変嬉しく思いました。しかし、当時映画評論や「うえんずでい・らぶ」のコラムが収録されていなかったことがあまりに残念だったために、「スポーツ論に絞られている」と誤って記憶してしまいました。筑摩書房編集部より転送されたお手紙により、当初の計画ではもっと幅広い内容で収録するはずであったと知りました。この本来の計画が実現していれば、当時の私の抱いていた思いは違ったものになったと考えられ、実現しなかったことを大変残念に思います。この度は拙文の事実誤認で大変ご迷惑をおかけしました。心よりお詫び申し上げます。
高崎俊夫
このたびの誤りについては、編集担当のK、ならびに校閲部の不手際でございます。 玉木様にご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした。 担当編集者のKが、高崎氏が書かれた記述に関しまして、ちくま文庫既刊の3冊の内容を確認することを怠り、またこの3冊の担当編集者であるTへの確認などにも思い至らなかったために、この不手際が発生いたしました。 編集者としてあるまじきミスであり、謹んでお詫び申し上げます。また校閲部においても、確認を失念しておりましたこと、お詫び申し上げます。 本書の成立におきまして、玉木様が弊社で編集しました書籍の存在は大変大きいものでした。編集担当の私も学生時代にちくま文庫版を読み、虫明氏の文章、とくに人生の哀歓を感じさせるスポーツ論に大変魅了されていたため、今回高崎様ご提案の一冊を作ってみようと考えました。 そんな大切な本であるにもかかわらず、このようなミスをしてしまいまして、誠に申し訳なく思っております。 重版ならびにウェブサイトで修正版ならびにお詫びを掲載し、PR誌の誤りついては次号にお詫びの一文を掲載する所存です。 私どもの認識と確認が甘く、大変ご迷惑をおかけしました。重ねてお詫び申し上げます。
筑摩書房ちくま文庫編集部 K
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以上が、ちくま文庫編集者と、編者の高崎俊夫氏からのメールです。 ちくま書房ちくま文庫の編集者氏のメールは、もちろん実名で送られてきましたが、特に実名を披露する必要はないと判断しました。 また、この「謝罪メール」に対して、小生の「肩書きに関する謝罪」がまったくないのは甚だ残念でした。編者は小生が音楽や演劇や映画についても多くの文章を書いていることを御存知ないようですね。まぁ小生の力量不足なんでしょうが、チョイとこのホームページを覗いていただければわかることで、そんな単純な確認もされずに小生に対する「批判」を書かれたのか!? と、少々心が少々萎えましたね。加えて、「事実の誤認」だけを認めて、小生に対する無礼を謝ってもらえない態度にはウンザリさせられました。 尚、編者も編集者も虫明家へのコンタクトはキチンと行っておられることが、その後の編集者とのメールのやりとりで確認できましたので、ここに付記しておきます。
以上、小生に対する無礼きわまる文章を公表されたので、小生も、ここに小生の抗議文と、謝罪にもなっていない酷い「謝罪文」を公開させていただくことにしました。
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