著者は在阪TV局のプロデューサー。1988年以来現在も続く人気番組『探偵!ナイトスクープ』での調査をきっかけに、関西の「アホ」と関東の「バカ」の言葉の分布を調べ、「タワケ」「アンゴウ」等の存在を発見したことでも名を馳せた。
本書はその第二弾。今回はTV番組と直接の関係はないが、テレビやラジオの電波媒体によって最近流行するようになった《どんくさい》《マジ》《みたいな。》《キレる》《おかん》などの言葉を、誰が、いつ頃から使い、全国に広めたか……、その子細を調べあげた一冊である。
それらの言葉の多くは、もともとは関西の《お笑い芸人さんたち》が楽屋で使っていた《楽屋ことば》で、一種の隠語といえるもの。ほかにも《ネタがかぶる》《(ギャグが)さぶい・すべる》《ヘタレ》《ツッコミを入れる》《ボケをかます》《おいしいとこ持っていかれた》……等々、今日では若者を中心に日常語と化した言葉が多々ある。
著者は《テレビ局に勤める一サラリーマンごときが、芸人さん独自のステイタスを支えるような言葉を使うなどとは、まことにおこがましいこと》で、1970年代《新米ディレクターであったころ、芸人さんに向かって「マジですか?」などとは、とてもとても言えなかった》。
とはいえ、《ドタキャン》《時間が押す》《ケツカッチン》《目線を向ける》《ツーショット》《それ、素やろ!》……と《テレビや芸能界の業界用語も》電波メディアを通して世間に流通するようになった。
そこで調べてみると、たとえば「みたいな。」という言葉は珍しく関東がルーツ。お笑いコンビのとんねるずが80年代に自らの番組で使い広めた言葉だと突き止める。さらに、番組の企画会議で「たとえば」と言い出すと、《たとえばは、いらねーだろ! 具体的にそのまま言えよ》と嫌われ、放送作家が苦肉の策で使い始めた、との証言を本人から得る。
《強く自信を持ってアイデアをしゃべり始めたけれど他の人の反応を見てるとどうも思わしくない》そこで《最後に『みたいな!』と言って、ごまかすんです》
テレビの「裏」で使われていた言葉を、とんねるずが「表」で流行らせた。それを著者は言葉の用法や効果も含めて調べあげ、解説する。
が、そんな近場のフィールドワークだけに留まらない。文献を渉猟し、放送作家の師匠のTVプロデューサーも《みたいな。》を口にしていたことを発見。『寅さん』の渥美清が《みたいな。》の巧みな使い手だったこと、山田洋次監督や倍賞知恵子も使っていたこと、映画評論家の白井佳夫、映画監督の大島渚、市川崑、作家の野坂昭如なども、「未来の若者流行語」を60年代から口にしていた事実に辿り着く。
さらに1939年当時、軍部が上映禁止にした『戦ふ兵隊』を撮った亀井文夫監督や、劇作家の木下順二も、50年代に早くも、とんねるずと同じように、笑いをとって少々誤魔化す使い方で《みたいな(笑)。》を使っていたことを発見する。
いやはや。「アホ/バカ」に続くこの研究作業も、じつに見事な「人文学」(英語ではヒューマニティーズ=Humanities)というほかない。
かつて自然科学や社会科学に比して「役に立たない不要な学問」と非難され、今ではTVのクイズ番組のネタ程度に扱われている「人文学」や「教養」だが、じつは『人間になるための芸術と技術』(小野俊太郎・著)というべき学問であり、その研究方法を身に付けたり、他者の成果を知ることで、人間としての豊かさ、大きさを得ることにつながる大切な学問、思考法といえる。
その見事な研究と考察をまとめた本書は、テーマが身近なだけに大学生や世知辛い現代社会を生きる人々に読んでほしいが、理科系出身をウリにしている政治家も、是非とも言葉のお勉強を…みたいな一冊(笑)。 |