私はかつてヘビースモーカーで、国際オリンピック委員会(IOC)の某委員の方との会議の途中で煙草を吸って戻ってきたりすると、「あなたは残念ながらIOCのメンバーになれませんね」などと言われたものだった。
自分は取材する側の人間だから、そんな言葉は何とも思わなかったが、不思議だったのは、会議を中座しただけなのに、なぜ煙草を吸ってきたとわかったのか、ということだった。
それが当然、当たり前のことだと理解できたのは、7年前に大病をして1か月ほど入院し、その間煙草を吸わずにいたら、そのまま煙草を吸わなくなり、煙草を吸う人の「ニオイ」が敏感にわかるようになったからだった。
愛煙家は常に身体から煙草の臭いを煙のように発散している。そのことに初めて気づいたのだ。
5メートルくらい離れていても、その臭いがわかることもある。それほどのヘビースモーカーでなくても、煙草を吸った直後の人は臭いですぐにわかる。
煙草を吸った人の身体の周囲には、煙草の臭いがこびりついて漂っているのだ。
自分が煙草を吸っていたときには、自分の臭いなどまったくわからなかった。が、煙草を吸わなくなると、この人は煙草を吸う人か、吸わない人か、臭いでほとんどわかるのだ。
かつて煙草大好き人間だった小生は、その臭いが気にならず、いい香りだなあ……と思う程度だが、煙草を吸ったこともなく、煙草の臭いを好まない人にとっては、それは拷問に近い異臭に感じられるらしい。
いや、私も半年ほど前、まだ残っていた新幹線の喫煙車両に偶然足を踏み入れ、けっして大袈裟に言うのではなく、呼吸困難に陥るほどの煙草の煙と臭いに、思わず逃げ出した。
この「苦しみ」を、愛煙家は理解できない。しかも愛煙家の多くは、「嫌煙家」のことをワガママ勝手な主張をする人々と決めつける傾向まである(私も、かつてはそんなふうに考えることもあった)。
愛煙家は思う。かつては誰も、そんなに煙草を悪者扱いしなかったじゃないか。フランス映画では煙草を吸うシーンは山ほどある。ゴダール監督の『勝手にしやがれ』では、ジャン=ポール・ベルモントが、ベッドで吸っていた煙草を窓からパリの街へ(多分舗道へ)投げ捨てていた。
三段跳びで1964年の東京五輪出場を目指しながら、足を骨折して断念した男が主人公の映画『日本一のホラ吹き男』では、病院のベッドで足を吊って寝ている主人公の植木等が、見舞いに来たコーチと一緒に煙草を吹かすシーンまである。
が、それらは過去の話……。
WHO(世界保健機関)は、8種類の公共の場所(医療施設・大学・大学以外の学校・行政機関・事業所・飲食店・バー・公共交通機関)での屋内禁煙の実施度を国別ランキングに発表しているが、8種類の場所のすべてで屋内禁煙が徹底されているイギリス、ブラジル、ロシア、カナダなど49カ国では、心筋梗塞・脳卒中・喘息による入院が最大39%も減っているという(7月16日付東京新聞「世界の受動喫煙対策」より)。
それに対して日本のランクは、なんと得点ポイント0で世界最低レベル。先の国会でも受動喫煙防止法案は、喫煙者の議員が多いせいか、煙草業界の力が強いからか、法案提出が見送られた。
3年後の東京五輪開催までには改善しなければならないはずだが……。 |