かつてのマラソン世界最高記録保持者−−と言うより1964年東京オリンピックのマラソンで、国立競技場内の最後の最後に円谷幸吉選手を追い抜き、銀メダルを獲得した選手……と言うほうが多くの日本人には(特に60歳以上の人には)わかりやすいと思うが、イギリスのヒートリー選手に、「速く走るのに必要なことは何?」と訊いたことがあった。
すると彼は、「器械体操の選手の身体の動きをよく観察することだね」と言った。「体操選手には無駄な動きが全くない。それが一番参考になるよ」
そのときは彼の言った意味がよくわからなかった。が、何年か後に塚原光男氏の話を聞いて、その謎が氷解した。
塚原氏は月面宙返りなどの新しい技を生み出し、五輪3大会で金5銀1銅4のメダルを獲得した選手だが、彼はこう言ったのだ。
「体操は、人間のできないこと、不可能なことに挑戦して、できるようになるのではなく、人間にできる身体の動き方を発見する競技なんです。月面宙返りも、空中で頭や肩や腰や脚をどのように動かし、どの位置に保てば、回転の力を捻りの力に変えることができるか、その形を発見しただけのことなんです。だから倒立が誰にでもできる行為なのと同じように、月面宙返りも誰にでもできる合理的な技なんですよ」
最後の「誰にでもできる」という言葉だけは、今でも首肯しかねるが、体操の「合理的な動き」と同じく、「速く走る」という行為も、最も「合理的な走る形」を見付け、身に付けることだと納得できた。
「速く走ろう!」と思っててもダメ! なんですね。
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