20歳代でスポーツ・ノンフィクションと称されるジャンルを大きく切り拓いた著者が、70歳を前にしてスポーツ・フィクション(小説)を書いた。テーマはボクシング。はたして、どんな作品になるのか?
そこには現実のボクサーを描いたノンフィクションでは描き切れなかった、著者の考えるボクシングの理想像がフィクション(創作)として描かれているに違いない――。
そんな先入観を抱いて読み出した作品は、予想以上の痛快エンターテインメント・スポーツ小説として素晴らしい楽しさに満ちていた。
主人公は若い頃に世界王者を目前にして挫折した元ボクサー。アメリカに渡り再起を目指すが叶(かな)わず、落ちぶれた生活に身をやつしたあと、ホテルで働き始めたことから成功し、大金を手にして日本へ戻ってくる。
そして、昔合宿を共にし、世界王座を目指しながら失敗した3人の仲間と再び一つ屋根の下で共同生活を始める。まるで元ボクサーたちの老人ホームのように。
仲間の一人はふとした弾みで傷害事件を起こし、刑務所から出てきたばかり。別の一人は東北でジムを始めたが失敗。親族からも見捨てられ寂しく一人暮らし。
もう一人は引退後クスリや博打で失敗を重ねたのち、小料理屋を営む女房に助けられたが、彼女に先立たれ、途方に暮れていた。独り身の主人公も心臓病を抱える身。
離散、孤立、喪失、病苦。歳老いた者が見舞われる困難の前に立ちすくんでいる4人の共同生活。
その初日。新生活を祝う飲み会のあと、街中でからんできたチンピラどもを、老いたりとは言え元ボクサーたちはアッという間にノックアウト。叩きのめされたなかに、引退を考えていた現役ボクサーがいて、それをきっかけに老人たちの指導を仰ぐことになり、リングに復帰。若者は、やがて世界タイトルに挑戦するまでに……。
その本筋の他に、元ボクサーたちの「老人ホーム」となる大きな屋敷を斡旋してくれた不動産屋の女性職員が、新興宗教団体から逃げてきたワケあり女性で、若いボクサーと結ばれたり、かつてヘミングウェイを読ませて感想文を書かせたジムの会長のあとを、主人公が「お嬢さん」と呼んでいた娘が継いでいたり……と、人間模様は少々やり過ぎと思えるほど娯楽色満載。
しかし最後の世界タイトルマッチでは(その結果はもちろん書かないが)思わず涙ぐんでしまった。それは大のボクシング・ファンの評者が歳をとり、涙もろくなっただけのことだろう。が、誰もが爽やかな読後感に包まれる快作である。 |