コラム「ノンジャンル編」
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掲載日2010-08-11

この原稿は、前回の「蔵出しコラム・ノンジャンル編」と同じく、『調査情報』((株)TBSテレビ発行/(株)TBSメディア研究所編集)に書いたものです。テーマもほとんど同じテレビのスポーツ中継について……ですが、前回の原稿が2008年5月号だったのに対して、これは今年(2010年)5・6月号です。2年間でどれほど書き手が成長したか(笑)“蔵出し”で御判断ください(爆)。

スポーツ番組作りの「プロ」になっていただくために

 テレビのスポーツ中継――テレビの映像と音声によってスポーツを伝える作業――は、ほんとうに難しい行為だと思う。そのことに改めて気づかされたのは、サッカーのJリーグがスタートして10年近くのあいだ、優秀放送賞の審査員をつとめたときのことだった。

 Jリーグ中継番組の映像や解説について、その良し悪しをわたしは主に自分の印象を中心に判断していたのだが、映画監督の大島渚さんの見方は、さすがに違っていた。わたしが、なんとなく見やすい映像だな、と思った画面を、大島さんは、きちんとした理由をつけて説明してくださった。

 たとえば、サッカーの試合の中継では必ず、観客席最上段の中央からフィールド全体を見下ろすカメラがある。そのときカメラがワイドで映し出す画面の上方には、白いタッチラインが横一直線に現れることが多い。そして一方のチームのバックスの選手がボールを大きく前方にフィードしたり、パスを繋いで攻めあがったりすれば、そのボールと選手を追ってカメラは素早く横に振れる。

 そのとき横一線の白いタッチラインが、カメラの動きとともに斜めに歪むか、それともほとんど真横に動くかで、見ている人の印象が大きく異なるというのだ。

 もちろん、ラインがほとんど真横一直線のまま、画面が左右に動くのが「見やすい映像」で、そのことに気づいているカメラマン(ディレクター?)と、まるで気づいていないカメラマンの両者の映像を比較して見せられて、改めてその見やすさの違いを実感したものだった。

 その他、アップとワイドの映像の切り替えのタイミングにしろ、クレーンやズームの使い方にしろ、そこには多くの映像製作技術があり、その技術の巧拙により、スポーツの迫力をそのまま伝える映像と、逆に減衰させてしまう映像があることを教えてもらった。

 最近のスポーツ中継でいうと、イタリアのトリノで行われ、高橋大輔と浅田真央が揃って優勝した世界フィギュアスケート選手権の映像に、かなりガッカリさせられた。というのは、やたらとアップの映像(選手の顔の表情)を狙いたがるカメラマン(ディレクター?)のおかげで、身体全体の動きや足の動きの切れてしまうことが頻発したからだ。

 サッカーでも野球でも、ボクシングでもテニスでも、あらゆるスポーツで、時折そのように選手の顔の表情を大きくアップでとらえようとするあまり、肝腎のスポーツの全体像が見にくくなる場合がある。カメラマン(ディレクター?)の熱心さのあまりに……といいたいところだが、わたしには、その熱心さのベクトルが、どうも間違った方向を向いているように思えてならない。

 選手の顔を迫力あふれるアップの映像で狙おうとするのには、スポーツマンやスポーツウーマンの喜怒哀楽の表情や極限の必死の形相をとらえようとする意図がある。それは、スポーツを「人間ドラマ」としてとらえようとする企図があるから、といえるだろう。

 もちろん、そのようなスポーツ選手の極限の表情は、見る人の心の琴線を直接揺すぶるものとして、テレビのスポーツ中継では重要な要素といえる。が、それがすべてではあるまい。という以上に、それはスポーツのほんの一部にすぎない。

 スポーツ――選手(プレイヤー)が身体を用いて勝敗を競う――競技は、簡単に言ってしまえば、技術と体力と精神面(精神力)の勝負ということになる。が、スポーツを「ドラマ」としてとらえることは、選手の精神面のみをクローズアップして、他の要素を捨象することにほかならない。

 スポーツを精神面(のみ)からとらえると、高度な技術や複雑な戦術や戦法に関する知識を持たなくても、選手の頑張る姿に感動したり、チームの勝因や敗因がわかったような気持ちにもなることができるのも確かだ。そうして、いつの間にか、スポーツの技術や戦術や戦法といった、そのスポーツならではの面白さ、そのスポーツの核心というべきものが等閑(なおざり)にされてしまうのも事実である。

 誰にもわかりやすいという点を重視して、精神面を中心にドラマとしてスポーツを伝えようとするのか、それとも、それぞれのスポーツの最も面白い技術的核心を、なんとか巧みにわかりやすく視聴者に伝えようとするのか――。画面を用いた映像でも、言葉を用いた解説でも、メディアを通してスポーツを伝えようとする人間には、必ずその二者択一的な問題に迫られるはずだ。

 実践的に考えるなら、ときには感動の人間ドラマとして、また、ときにはスポーツならではの驚異の技術論として、ひとつのスポーツ番組(中継)のなかで使い分けることができればベストなのだろう。が、問題なのは、このような二者択一の伝達法があることを自覚せず、ただスポーツ(イベント)を盛りあげようとして、あるいは視聴者にインパクトを与えようとして、スポーツ中継が行われる場合だ。

 一時期サッカーでは、「ゴール、ゴール、ゴール、ゴール……」と、何度も大声で「ゴール!」を連呼し、絶叫することが流行した。また、フィギュアスケートでは、「クリスマスに一人ぼっちなんていやだ、そんな貴方にはくるくる回るくるみ割り人形……」などと、まったく意味のない言葉をただ洪水のようにあふれさせるアナウンサーもいた。

 スポーツを面白く楽しく盛りあげようとしているアナウンサーに、悪気はないのかもしれない。しかし、そのような感覚だけの放送には、どのようなスポーツ中継をしたいのか、スポーツのどの部分を、どのように伝えたいのか、といった意図が存在しない。そして、じつは、そのことが一番大事な問題であることに、しっかりと気づいてほしいと思う。

 それは意外と難しいことで、こんなスポーツ中継がやりたい、とはっきり確信できるようになるためには、「スポーツは本来どうあるべきか」というスポーツに対する思想ともいうべき考えを、自分なりに確固として持つ必要がある。そのためには「スポーツとは何か?」という問いに対する答えを求めて、多くの本を読み、勉強もしなければならない。

 もちろん、スポーツ中継やスポーツ番組作りのプロなら、それくらいのことは当然やっておられるとは思うのだが……。

          
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