「痩せて、スマートになりましたねえ」
長らく無沙汰のまま、久しぶりに友人や知人と出逢うと、必ずそう言われる。そりゃ、そうだろう。身長180センチで一時期105キロを超えていた身体が、半年足らずのうちに85キロ前後に減量したのだ。首は細くなり、腹はへっこんだのだから、昔を知ってる人物は驚かないほうが不思議だ。
「ダイエット、成功しましたね」
そうかもしれないが、少しニュアンスが違うので、正直に正解を答える。
「いいえ。脳出血したんです」
そこで、相手は凍り付く。仰天して目を剥き、私の身体を見回す。
「そうは、見えませんが」
「ええ。後遺症は、ほとんどありませんから……」
しかし、脳出血は嘘でもジョークでもない。今年(2009年)4月下旬のある日曜日の朝、とつぜん右半身に力が入らなくなり、椅子から立とうとして転がり倒れた。もっとも、その時の感想は「ついに、来たか」というもので、少々パニックに陥りながらも、すぐに脳卒中だと自覚した。そばにいた女房も同じ気持ちだったようで、「動かないで。救急車呼ぶから」と冷静に行動してくれた。
日頃から高血圧は自覚していた。上が160、下が100を常に超え、水銀柱が180―120を示すこともあった。もちろん降圧剤は服用していたが、効果はさほど見られなかった。それでも日常生活にも仕事にも支障は何もなかったうえ、血液検査はすべて正常。血糖値もコレステロール値もγGTPも尿酸値も中性脂肪もすべて正常値で、看護師の免許を持つ娘から「検体の取り違えでしょ」と言われたが、再検査、再々検査の結果も同じ。
小学六年生のときに健康優良児童京都府代表として知事表彰を受けて以来(昔は、そんな表彰もありました)健康だけが取り柄で、中高時代はスポーツ三昧。バドミントンという少々柔に見られる競技で(実際はそうではないのですが)インターハイにも出場し、ハンドボールに転向して2種目出場には失敗したものの体力だけは相当に自信があった。
大学を中退してスポーツライターを名乗ってからも、体力勝負で二日三日の連続徹夜も平気。ヘビースモーカーこそ返上したが愛煙家としてロングピース一日一箱。20代30代の一升酒は40歳を超えてから控えるようになったが、ワイン一本ビール大瓶3本が毎晩の平均的酒量。それで前述の血圧、体重、ウエスト100オーバーだから、メタボという言葉など全然信じなかったが、成人病のうちガンを除けば糖尿、脳卒中、心筋梗塞のどれかにいずれ赤信号が灯ることは自覚していた。
その瞬間がついに訪れたのは57歳の誕生日を迎えた直後。新書の書き下ろし締切とWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)での日本代表の活躍がぶつかり、テレビ出演と執筆活動にテンヤワンヤの毎日で、どれもやり遂げて「バンザーイ!」と大喜びし、4晩連続して飲みまくったあとのことだった。
救急車のなかで救急隊員が「血圧220」と叫ぶ声を聞き、ストレッチャーの上に寝かされたまま、最近チョット飲み過ぎまして……と言おうとしたが口が動かず、そのとき初めて「ヤバイ!」と思った。
出血は視床部に5ccと少量で済んだが右半身は動かず、絶対安静の入院一週間。右手右腕右脚は、徐々に少しは動くようになったが、キイボードを打つにも、歩くにも、思い通りにはなかなかならず、すべてはスローモーション。幸い言葉はほとんど回復したが、少し喋ると口内がカラカラに渇いて舌がまわらなくなる。
そこから3週間。少々激しいリハビリを始めた。
人間の脳とは不思議なもので、昨日まで不可能だった右手の動きが、翌朝突然できるようになる。脳神経が回復するのか、バイパスが通るのか、詳しいことは知らないが、そんな奇蹟のような喜びと、遅々として回復しない落胆の繰り返しのなか、焦っても仕方ないと自分に言い聞かせ、一か月後には徐々に仕事にも復帰できるまでになった。
早期回復ができたのは、家族の励ましや協力もあったが、昔スポーツに慣れ親しんでいたのでリハビリが苦にならなかったこと。それに、やはり出血量が少なくて済んだこと。それは、煙草や酒のおかげで血液がサラサラでなかった(ドロドロだった)から……とも思うが、それを半分冗談で(半分本気で)口にすると、女房には「懲りない人や」と呆れられる。
しかし今がチャンスと思った私は、すべての仕事を復活させる一方、リハビリ運動をヴァージョンアップさせ、毎朝30分以上の愛犬との速歩散歩のあと、ダンベルを使った少々激しい体操を始めた。
煙草は休煙(過去に長らく世話になったのに、禁煙というのは煙草に対して失礼ですから)。酒量は激減(二日に一度ワインをグラスに1杯か、缶ビール1本)。そして5か月。久しぶりに会う友人が驚くほど痩せ、シェイプアップできたわけだ。血圧も降圧剤を服用してのことだが、上が120〜135、下が75〜85で安定している。
なぜ、このような節制と運動が以前からできなかったのか、と自分でも思わないでもないが、それは無理な話だろう。なぜなら脳出血に見舞われる以前の私には、身体に関する恐怖心が微塵もなかった。高血圧だから、いつかは脳卒中に……と思ってはみても、「怖い」とまでは感じなかった。煙草や酒にも、太目の身体、重い体重にも、「怖さ」は感じなかった。が、脳出血を体験したあとの現在は、「怖い」と実感している。
あんなふうに半身がまったく動かせなくなり、復活できるかどうかわからない状態で藻掻くのは、絶対にイヤ……。その恐怖心は肌身に染みている。そう感じたとき、私は、一流のプロ野球選手が口を揃えていた言葉を思い出した。
「今シーズンは1本もヒットが打てないかもしれない……」だからキャンプで思い切り練習する(した)と、王貞治さんも、衣笠祥雄さんも、山本浩二さんも、掛布雅之さんも口にしていた。現在のイチローや松井秀喜選手も同じような言葉を口にするという。
スポーツライターとして、その言葉を理解しながらも実感できなかったのは、小生が一流でも天才でもなかったからだろう。が、いまなら、実感として理解できる。
「恐怖心」というものは、なかなか素晴らしいエネルギーになるものだ、と。
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