そもそも『第九交響曲』とは、どんな音楽なのか、ということを考えるには、『ミサ・ソレムニス』の存在を忘れてはダメですよ。『第九』と『ミサ・ソレ』は、二つで一つ。一体なんですから……。
金聖響さんが、そんなふうに語ったので、共著『ベートーヴェンの交響曲』にも、そのように書いた。とはいえ、これはなかなか深い意味を持つ指摘である。
ベートーヴェンが5年以上の歳月をかけて『ミサ・ソレニムス(荘厳ミサ曲)』を完成させたのは、彼が56歳で亡くなる4年前の1823年。作品番号は125。翌1824年に作品番号127の『第九交響曲』を、ほぼ3年間かけて完成させ、5月7日にウィーンで初演したときは、同じ演奏会で『ミサ・ソレムニス』の一部も演奏された。
なるほど二つの大作は、創作の時期が重なり合い、完成の時期も近寄っている。しかし両作品の性格は正反対に思える。
『第九』はいかにもベートーヴェンらしい激しい情熱あふれる音楽のなかで、「すべての人々(隣人)よ、抱き合え! 全世界に口づけを!」と、シラーの『歓喜の歌』が歌われる。
一方『ミサ・ソレムニス』は、キリスト教の儀式(秘蹟)の音楽であり、燃えたぎる人間的情熱に代わって、「キリエ・エレイソン(主よ、憐れみたまえ)」「グロリア・イン・エクセルシス・デオ(天のいと高きところには神に栄光」「ドナ・ノビス・パチェム(我らに平安を与えたまえ)」と、神の前に跪き、祈りを捧げる。
一方では「人とのつながり」を、そして、もう一方では「神とのつながり」を……と考えると、おそらく「死」を強く意識しはじめていたに違いない晩年のベートーヴェンの心のなかを、あたかも覗きこんだような気持ちにもなる。
が、はたして、そのような理解だけで、いいのだろうか?
ベートーヴェンは、日曜日には必ず教会へ足を運ぶような信心深い人間ではなかったようだ。そんな彼にとっての「神」とは、どんな存在だったのか? おまけに、文豪ゲーテに「手に負えない野人」といわれるほど唯我独尊で人付き合いが悪く、多くの人に疎まれもしたベートーヴェンにとって、「人々(隣人)」とはどんな存在だったのか?
はたして「ベートーヴェン」と「神」と「人々」は、どんな「三角形」を形づくるのか?
その答えは、おそらく彼の残した音楽のなかにあるのだろう。これから響く、聖響さんの指揮する音楽のなかに……。
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