野茂のノーヒットノーランに始まり、イチロー、佐々木の活躍、マリナーズのチャンピオンシップ・シリーズ出場、そして奇蹟の連続としかいいようのないヤンキース対ダイヤモンドバックスによるワールドシリーズ……。今年一年間、日本のプロ野球はすっかりアメリカ大リーグの陰に隠れてしまった(そんな時代もありましたねえ……)。
そのため、「日本のプロ野球は大丈夫なのだろうか?」という声も聞く。が、そんな心配は無用。サッカーのヨーロッパ・チャンピオンズ・リーグがいかに素晴らしくても、北海道の人々はコンサドーレ札幌を愛し、静岡西部の人々はジュビロを、静岡東部の人々はエスパルスを応援しているように、プロ野球も地域社会に根差した市民クラブに変貌すれば、何の心配することはない。
もっとも、現在のような読売巨人軍中心の「企業野球」の状態が続くようだとしたら、いくらNHKが完全中継をしたところで、日本のプロ野球は早晩大危機を迎えるに違いない(現在プロ野球が巨人中心の構造を崩しつつあるのは、素晴らしいことといえるでしょう)。
メジャーリーグの素晴らしさは迫力あるプレイだけではない。今年のワールドシリーズにはR&Bの大御所レイ・チャールズが登場したが、試合前のセレモニーに登場する歌手もメジャー級である。
私が初めてワールドシリーズを現地で見たとき(1981年のヤンキース対ドジャース戦)では、メトロポリタン歌劇場に出演していた大バリトン歌手のロバート・メリル(彼はカラヤン指揮ウィーンフィルの『カルメン』のCDでエスカミーリオを歌っている)が登場し、朗々と響きわたるバリトンでアメリカ国歌を熱唱した。
家族でドジャー・スタジアムを訪れたときには、往年の人気ポップス歌手コニー・フランシスの歌声を聴いた。残念ながら『ヴァケーション』は歌ってくれなかったが、彼女が国歌を歌い終えて引きあげるとき、観客席から♪V・A・C・A・T・I・O・N……という大合唱が湧き起こった。
かつてベーブ・ルースがホームランを量産し、メジャーリーグの人気が急上昇しはじめた1920年代、新装なったヤンキースタジアムのこけら落としにはジョン・フィリップ・スーザが登場し、自作の行進曲を次々と演奏した。
以来、クラシック、ポップス、ロックを問わず、大歌手、少年合唱団、素人の聖歌隊を問わず、メジャーリーグにとって、音楽はなくてはならないアイテムとなっている。
なかでも有名な音楽は、何といっても『テイク・ミー・アウト・トゥ・ザ・ボールゲーム』(私を野球に連れてって)だ。7回裏が始まるときに、観客が大合唱し、アメリカ人の『国民的娯楽(ナショナル・パスタイム)』であるベースボールを讃えるこの歌の、歌詞を知らない人はアメリカ人ではない、とまでいわれるくらい親しまれている歌である。
そして、次に有名なのがヤンキースが勝ったときに必ず流されるフランク・シナトラの『ニューヨーク・ニューヨーク』。今年のワールドシリーズでも3度流れたこの曲は、いまではシナトラのヒット曲という以上に、ヤンキースの歌として知られるようになった。
もちろんサンフランシスコ・ジャイアンツが勝ったときは、♪アイヴ・レフト・マイ・ハート……と、『想い出のサンフランシスコ』が流される。メジャーリーグの各球団は、音楽でも当然のことながら地域密着なのである。
そして、地域に密着した文化のほうがグローバルな存在になりうる――ということに、日本のプロ野球関係者は、早く気づくべきだろう。
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<オススメCD>
●『フランク・シナトラ/ニューヨークニューヨーク』(ワーナーパイオニア・WPCP3603)
最初は、ライザ・ミネリが映画のなかで熱唱した曲だったが、シナトラが歌って大ヒット。いまではヤンキースの歌になった?
●山下洋輔『フィールド・オヴ・グルーヴス』(ヴァーヴUCCJ2009)
1ジャズ・ピアニスト山下洋輔のアルバム。「グルーヴ」とはジャズ用語で「カッコイイ」の意だが、野球用語では「ど真ん中の直球」。ジャケ写のドジャースタジアムの美しさに負けない、まさにメジャー級のセッション。ライナーノートは小生が書いてます。
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