ベートーヴェンの交響曲を初めて聴いたのは、いまから半世紀近く前、小学校の低学年ころのことでした。自宅が電器屋だったので、店には最新式のステレオ装置があり、それには販売促進用に試聴盤の33回転17センチEPレコード(といっても最近の若い人には何のことかわからないかもしれませんが)がついていました。店に客がやって来ると、そのレコードがかけられます。そのときスピーカーから流れ出た♪ジャジャジャジャ〜ン……という音は、いまも忘れることができません。
生まれて初めて経験した、音楽による衝撃。そのとき私は、子供心にも、何やら得体の知れないとてつもなく巨大なものに出逢ったような気がしました。その演奏が、ベートーヴェン作曲の交響曲第五番『運命』といわれているもので、フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団の演奏によるものだと知ったのは、それから1年くらい経ってからのことでしたが、以来、ベートーヴェンには、何度も何度も衝撃を与えられ続けました。
♪ジャジャジャジャ〜ン…の音楽が、けっして3分足らずで終わるものではなく、そのあとも5分くらい続き、それもまた迫力にあふれていたこと…。しかも、そのあとにも音楽はつづき、最後のフィナーレが最初の♪ジャジャジャジャ〜ン以上に、感動的だったこと…。さらに、指揮者やオーケストラによって、いろいろとテンポが変わったり、繰り返しがあったりなかったり、ピッコロやコントラバスの響きを強調する指揮者と、あまり強調しない指揮者がいること…など。そして『運命』以外にもベートーヴェンには素晴らしい交響曲が全部で9曲もあること……などなど。
その後、レイ・チャールズやビートルズに感激したり、ワーグナーのオペラにのめり込んだり、バッハとモーツァルトさえあれば他の音楽はいらないと思ったり、これこそ最先端の音楽だと信じてモダン・ジャズばかり聴いたり、筒美京平はおもしろいじゃないか、都はるみは凄いじゃないか……などと思った時期もありました(まったく青春とは、心があっちやこっちへ揺れ動くものです)が、ベートーヴェンの交響曲だけは、いつも自分の近くにありました。
そしてもちろん、暇さえあればいろんな音楽に耳を傾けている現在も、ベートーヴェンの交響曲は常にわたしの傍にあり、衝撃を与え続けてくれています。
どんな音楽に心をふるわせられても、いつか必ず、ベートーヴェンの交響曲に帰る。なぜか、ベートーヴェンの交響曲に帰ってしまう。聴きたくなってしまう。そして、よくもこれほど完成された素晴らしい音楽を残してくれたものだと、繰り返し驚く。聴くたびに新しい驚きと発見に興奮させられる……。
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本書は、そんなベートーヴェンの交響曲を、もっと楽しみたい、もっと深く味わいたい、もっとたくさん驚きたいと思ったわたし(玉木)が、そのきっかけを与えてくれるのに最もふさわしい人物である指揮者(金聖響さん)にお願いして、講義してもらったなかから生まれた一冊です。
<中略>
その前に……。本書の巻末に、ベートーヴェンに関する年表(ベートーヴェン《激動の時代の激動の生涯》年表)をつけておきました。
フランス革命とナポレオン戦争、アメリカ独立革命、そして産業革命を促す数々の科学的発明と発見。ベートーヴェンの生きた18世紀末から19世紀(1770〜1827)は、まさに、「疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドゥランク)」の「激動の時代」と呼ぶにふさわしいエネルギーに満ちた混乱のなかで、古い体制(絶対王政)が打ち破られ、新しい時代(近代市民社会)へと激変する過渡期の時代でした。
一方、その時期の日本社会は、徳川幕府による寛政の改革から、田沼意次による商業重視の政策への変化によって社会が活性化し、浮世絵、歌舞伎、読本など、江戸文化(化政文化)が大きく花開くなかで、外国船が次々と日本を訪れ、次の時代(幕末から維新)への蠢動が始まった時代でした。
そんなところをちょっと頭に入れたうえで、マエストロの話を聞けば、ベートーヴェンの音楽を、もっとおもしろく楽しく味わえるようにも思います。
<中略>
では、金聖響さん、どうぞ……!
<というわけで、以下は書店でお買い求めのうえ、是非ともご一読ください>
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