ピアニストのグレン・グールドはミュージカル歌手のバーブラ・ストライザンドの《熱狂的なファン》だった。それはグールド一流のジョークだったのではない。
《たぶん、エリザベート・シュワルツコップを除いて、ストライザンドほど大きな喜びをわたしに与えてくれた声楽家はいないし、演奏芸術を内側からこれほど深く考えさせてくれた声楽家もいない》と、グールドは書いている(ティム・ペイジ編『グレン・グールド著作集2パフォーマンスとメディア』みすず書房・刊より)。
いまから10年ほど前にこの文章を初めて読んだとき、わたしは「ヤッホー!」と叫び、ひとりでガッツポーズをつくった。というのは、わたしがグールドの大ファンであると同時にバーブラの大ファンでもあったからだ。
が、それ以上に、グールド・ファンとはバーブラの話ができず、バーブラ・ファンとはグールドの話ができないという「不合理」にうんざりしていたからだった。
実際、まったく残念なことに(私の知る限り)グールド・ファン(クラシック音楽ファン)は『クラシカル・バーブラ』という素晴らしい歌曲のアルバムがあることを知らない。
ドビュッシーの『美しい夕暮れ』、カントルーブの『オーヴェルニュの歌』の子守歌、ヘンデルの『オンブラ・マイ・フ』、フォーレやヴォルフの歌曲、カール・オルフの『カルミナ・ブラーナ』のアリアなどを、バーブラ・ストライザンドが(クラシックの歌手以上に)見事に歌いあげているというのに……。
このアルバムを、グールドは次のように評している。《音楽学のお偉方をひきつけるとしたら異色版としての関心からしかないだろう。ひきしまったポップスタイルのピックアップ(個人的には、わたしはこれが大好きだ!)は芸術的歌曲の信者たちをほぼ確実に遠ざけるだろう。おまけに、その曲目内容全体も気まぐれな中間音楽好みの購買客にもそっぽを向かせる可能性が十分にある》(前掲書)
「音楽学のお偉方」でも「芸術歌曲の信者」でもなく、「気まぐれな中間音楽好み」でもない、「普通の音楽ファン」になるには、音楽や歌が好きだったらそれだけでいいはずで、まったく難しいことではないと思えるのだが……。 |