去年(2011年)から今年(2012年)にかけて、ミュージカル映画『ウエスト・サイド物語』の世界公開50周年を記念する素晴らしいイベントが、ニューヨーク、シカゴ、ロンドン、そして東京、大阪などの各地で催された。
それは映画の映像と音響をデジタル化し、そこから音楽だけを消し去り、ナマ演奏のオーケストラで映画を楽しむ……というもの。
つまり映画の効果音(指を鳴らす音、自動車の音など)や、俳優の台詞や歌声だけは残し、その歌声に合わせてステージに陣取った百人以上のフルオーケストラが、迫力あるナマ音を響かせる、というのだ。
『ウエスト・サイド物語』の音楽は、当時ニューヨーク・フィルハーモニックの指揮者で、作曲家、ピアニストとしても大活躍していたレナード・バーンスタインによるもので、ジャズやラテン音楽の要素もふんだんに入っている。が、現代クラシック音楽としてもレベルの高い見事な楽曲が揃っている。
それだけに、今年9月の東京と大阪の公演を、バーンスタインの愛弟子として親交の厚かった佐渡裕さんが東京フィルハーモニー交響楽団を指揮すると聞いたとき、これは本当に素晴らしい企画だと思った。
が、その直後、少々不安な気持ちになった。実際のナマ音楽が映画の歌や踊りとピタリと合うものか?
特にダンス音楽はリズムも激しく複雑だ。指揮者の佐渡さんはヘッドホーンから聞こえるクリック音(曲の開始やテンポを保つ音)を聴きながらオーケストラに指示を出し、音楽を映像に合わるという。その難しい作業に、リハーサルや演奏の始まる前は佐渡さんもかなりナーバスになっていたようだ。
しかし、そんな心配は、杞憂に終わった。
冒頭のニューヨークの街角で、二つの不良集団(ジェッツとシャークス)が指を鳴らしながら踊り、喧嘩が始まるシーンも、体育館でのマンボも、裏町の非常階段でマリア(ナタリー・ウッド)とトニー(リチャード・ベイマー)が歌う名曲『トゥナイト』も、不良集団が決闘に臨むときの『五重唱』も、その決闘を止めようとしたトニーが間違ってマリアの兄のベルナルド(ジョージ・チャキリス)を殺してしまう『ランブル(決闘)』の音楽も……。
すべての生演奏と映像が見事に合体し、50年前のニューヨークを舞台にした現代版『ロミオとジュリエット』が、鮮やかに再現された。
この映画が初公開されたとき、私は小学4年。近所のお兄さんやお姉さんが、カッコを付けて指を鳴らしていたのを憶えているが、私が映画館へ足を運ぶのには幼すぎた。
家庭用ビデオもない時代に、「あなたは何度目?」と看板に大きく書かれた映画館で繰り返し上映され、中学2年の時に初めて見て以来、映画館には5度足を運んだ。その後テレビ放送も見、レーザーディスクやDVDで50回以上は見た(これはけっしては珍しくない数字ですよね)。
今回のフルオーケストラ生演奏版でも、最後にトニーがマリアの腕のなかで死ぬシーンでは、あまりにも美しい音楽と素晴らしい映像と見事な物語に、思わず涙がこぼれそうになった。周囲の客席では半世紀前に映画館へ足を運んだに違いない大勢の「老老」男女が啜り泣いていた。
若い頃にこんな名作と出逢えたのは心の財産というほかない。今の若い人にも心の財産があるかな。 |