コラム「音楽編」
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掲載日2009-12-24
この原稿は、前回に続いてオペラ『忠臣蔵外伝』の台本の第1幕第2場、第3場です(これで第1幕は終了)。
2010年2月オーチャードホールでの上演がどのようなものになるか、現時点(2009年12月)でもまったく想像できませんが(笑)、どうか一人でも多くの方が、見に来られることを!

オペラ『忠臣蔵外伝』第1幕第2場、第3場
作曲/三枝成彰
脚本・演出/島田雅彦
美術監督/日比野克彦
再構成/玉木正之

<玉木版 第一幕 第二場>

登場人物:男B(岡野)、女b(お艶)、男C(神崎与五郎)
※神崎与五郎は大石内蔵助と一人二役。

江戸下町の長屋。花火見物の賑わいの中、岡野が登場(舞台1上手から中央へ)。
その後ろで、男Cが、大石の衣裳から神崎の衣裳に着替えながら見つめる(衣裳は、全て着替えるのではなく、帽子や上着の処理だけでもよい)。

岡野はお艶(舞台2に奧より登場)を探している。お艶は手持ち無沙汰に岡野を待っている。

岡野 こころはとうにあの世にあって、この世に残したおのれを見ている。(お艶の姿を見つけ、ため息)足が地についた感じがしないのはなぜだ。生死のはざまで宙ぶらりんになっているせいか? それとも・・・恋の仕業か。朝からおれは浮かれ気味だ。
神崎与五郎 「軒下を見るにつけ、雨でもないのに雨宿り。」夕立ちに濡れて深まる仲もある。
岡野 (微笑混じりに)あれは恵みの雨だった。おれをお艶に引き合せてくれたんだから。
神崎 女を濡らす色男め。流し目ひとつで、むこうからよろめいてきたな。
岡野 (照れ笑い)
お艶 (独り言)あんな手紙書かなきゃよかった。あの人は何というだろう。返事しだいではあたしはいい恥さらし。(岡野を見つけ。手を振りながら)あの人がこっちへやってくる。何だか顔が火照ってきたわ。
  岡野は米屋に身をやつし、大工の棟梁の娘お艶と懇意になっている。

舞台1から舞台2へ上る階段に足をかけ、岡野はお艶の顔を放心の態で見つめる。

神崎 穴のあくほど見つめているぞ。
お艶 照れるじゃないの。(笑う)
神崎 おれまで照れる。
岡野 (我に帰って、舞台1から舞台2へ上る)いや、ずっと前にも何処かで会ったような気がしてね。
お艶 何いっているの。あんたが米屋だから私と会えたんでしょ。もし、あんたが侍だったら、あたしなんかと一生会うこともなかった。
岡野 侍(さむらい)は嫌いか?
お艶 嫌いよ。いざという時に死ぬのが商売なんて。
岡野 今の世に切ったはったは流行(はや)らないだろう。
神崎 米屋に流行(はや)りすたりは無いだろう。
お艶 (笑いながら)嘘よ。でもあんたには米屋のままでいて欲しい。だって・・・
岡野 何だい?
お艶 (はにかみながら)だって米屋の九十郎さんに惚れたんだもの。
神崎 よし、その調子だ。(神崎は、舞台袖に椅子をとりに行き、椅子に座って、岡野とお艶のラヴ・デュエットに耳を傾ける。舞台1上手隅。)

お艶は岡野の手に自分の指をからませ、花火を見ながら歌い出す。

お艶のアリア「この女はあんた一人のもの」
あたしは大工の棟梁の娘。
惚れた男は一途に尽し、
朝露と花火が大好きで
甘いものには目がない女。
あんたを思って日が上り、
あんたが帰って日が暮れる。
あんたがそばにいれば、
あたしの一日はまたたく間。
あんたと離れている時は
時が澱んで進まない。
こんなにも好きになれる人が
何処の横町に隠れているかしら。
あんたと一緒ならきっと

悲しみも楽しみながらやってくる。
あんたはわかっているのかしら、あたしはあんた一人のものだって。

岡野はお艶の手を握り、花火に向かって歌う。

岡野のアリア「優しい憧れの住み処」
この暖かい小さな掌(てのひら)に
おれが逃(の)がした大きな宝がある。
恋は闇の中の手探りに似ている。
だが、闇を照らす花火の下では
お艶の心がよく読める。
おれは今、束の間の夢に酔っている。
がおれを見ている?夢がおれを見ている?(お艶を見る)
優しい憧れの住み処(すみか)でおれがなすべきはただひとつ。
おれに惚れた女をとことんいつくしんでやるだけだ。(お艶の体を引き寄せる)
お艶 九十郎さん
芸者衆と幇間の戯れ歌
[お艶]
恋の手管を知らないあたしを笑わないでください。
軽はずみの恋なんかじゃないの。
もしあんたが本気じゃないなら、今すぐ帰って 縁結びの 神様は 気まぐれなのよ。
[岡野]
おまえの真心は隠せない。
おまえの一途さはよくわかる。
いつまでもこうしていよう。
おれは
その
気まぐれに逆らってみせる。
花火はクライマックスを迎える
[お艶]
ああ、名残りの花火が終わる。
あんたの恋も花火のようにはかないものなら・・・
あなたを信じてもいいの?
あしたまで喜んでいいの?あしたまで
あんまり嬉しくて、胸が苦しいの。
[岡野]
ああ、優しい闇が過ぎ去ってゆく。
それをいうな、お艶。おれの思いはあの世まで続く。
おれはおまえを疑いはしない。
なぜそんなことを聞くんだ?
おれも嬉しいよ、お艶。
(笑いがだんだん悲しみに変わる)
何の気まぐれか、花火があたしの思いを 何の気まぐれか、花火が照らしてくれた。ああ
空を焦がす花火よ。この胸を焦がした男の気持ちが変りませんように。
この世に出戻った男を愛するなんて
何の気まぐれか、花火があたしの思いを
何の気まぐれか、花火がお艶の思いを明るく照らしてくれた。ああ
照らす。ああ
可哀相な女だ。
空を焦がす花火よ。この胸を焦がした男の気持が変わりませんように。
この世に出戻った男を愛するなんて
 
神崎 (椅子から立ち上がり)花闇や、恋初(ぞ)めと見て、時雨かな。
さて、もう一人の色男はどうしたかな。

そのまま第三場へ

<玉木版 第一幕 第三場>

登場人物:男C(神崎)、女c(遊郭の女主人)、女a(綾衣)、男A(橋本)。

女c(遊郭の女主人)が舞台2奧より登場。下手の階段を下りて舞台1へ。
神崎が舞台1上手より中央へ。そこで女cと会話。

舞台1下手より登場した花火見物も終わり、世も更けた。綾衣と橋本は性交を終えた

橋本と綾衣は舞台2奧より登場。橋本は腕枕で横になり、綾衣は、彼の身体に打ち掛けを掛ける。

神崎 いつまで待たせるんだ。花火は終わっちまったぞ。こっちの花火も早く打ち上げさせろよ。
女主人 今夜は戦(いくさ)も同然だ。(神崎に)何しろ女一人に六人も客がついているもんで。
神崎 色の安売りもいい加減にしろ。綾衣は?
女主人 綾衣?綾衣は諦めた方がいいですよ。あれは気位の高い侍の娘だよ。
神崎 上等じゃないか。
女主人 明るいうちから泊りの客がついちまったからね。
神崎 安けりゃ安いで愛想がねえな、おまえんとこは。
女主人 冗談じゃないよ。そんなに飢えてりゃ、夜鷹でもいいだろ。うちの女はみんな器量がよくて、情(じょう)が深いんだ。

女主人は舞台1下手へ退場。神崎は舞台1上手へ。再び椅子に座り、舞台2上での綾衣と橋本を見つめる。

綾衣 ああいやだ、いやだ。色を売るのは沢山だ。(橋本にしなだれかかり)わたしがとるのは恋を買う客だけ。
綾衣 もう寝たの?平左衛門さん。
橋本 寝てないよ。おれが寝たら、おまえは別の客のところに行ってしまうんだろ。
綾衣 安心してお眠りよ。何処にも行きはしないから。わたしは決めたんだ。あんたにだけは真実(まこと)を尽すって。
橋本 誰にでも同じ文句をいってはいまいな。綾衣。
綾衣 気分を損ねた。
橋本 (首を振り)花火もこれで見おさめか。
綾衣 来年もこうしてまたあんたと一緒に花火見物がしたいね。
橋本 ああ、そうだね。ここではない何処か別のところで。
橋本と綾衣の二重唱とアリア「この国の春はとこしえか
[綾衣]
この国は春はとこしえか、
夢見るように
恋を、
恋が醒めたら夢を見る
むなしい、恨めしい、恋、夢、仮寝の、
女一人、
生きているのか死んでいるのか。
楽しみは愁(うれ)いに変わり、
怒りや嘆きは笑いに変わる。
世の移ろいも人様々なれど。
あまりに退屈。
また暑い夏がきてじきに冬になる。
現(うつつ)の人も
影こそが、
真実(まこと)を語る。
金がすべての世なれど
金で願いの叶うものなし。
[橋本]
この国の春はとこしえか、
夢見るように
恋を生き、
恋が醒めたら夢を
夢を見る。
むなしい、恨めしい、恋、夢、仮寝の、
めでたくもありがたい、この泰平の浮世に暮す。
男一人、
どちらにしても同じこと、
楽しみは愁(うれ)いに変わり、
怒りや嘆きは笑いに変わる。
元禄の世は
また暑い夏がきてじきに冬になる。
夢に紛(まぎ)れる。
影こそが
真実(まこと)を語る
犬様の天下にあっては、男も女も猫、杓子。
どちらにしても同じこと。恨みつらみも笑いに変わり、
笑い上戸が泣き上戸に、泣き上戸が笑い上戸に変わってしまう。
金がすべての世なれど
金で願いの叶うものなし。
橋本 (寝言で)花を愛する、花を愛する侍(さむらい)は太く、太く短く生きるべし。
綾衣 (いぶかるように)花を愛する、花を愛する侍(さむらい)?太く短く・・・この人は終わりを決めて生きている。そうだ、真実(まこと)の真実(まこと)はきっと死ぬこと以外にはない。
末期の末期に真実(まこと)が明かされる。(笑い)わたしと心中?わたしと心中?
どうかしてるわ。
近松にかぶれたのかしら。廓(くるわ)に真実(まこと)なんてありはしないわ。
心中なんてしたら、主人が喜ぶだけだ。真実(まこと)を求めて客がいっぱい、
いっぱいやってくる。
金が全ての世の中のくせに・・・、金が全ての世の中なのに・・・

舞台1上手で椅子に座って舞台2を見つめていた神崎は、「心中」という言葉に反応して立ち上がる。

橋本 憶い出し笑いか?おれにも少し笑いを分けてくれ。
綾衣 (ハッとして)起きていたの?
橋本 そういえば、ここの廓が流行るのは前に心中があったからだと
綾衣 ああ、お苗(いね)ちゃんと彦左衛門さんのこと。
橋本 男はおれと同じ左衛門さんか。
綾衣 お苗(いね)ちゃんはずるいよ。自分だけさっさとこの世から引き揚げちまってさ。
橋本 何だい、綾衣。おまえも死にたいのかい?
綾衣 死にたくても死ねないのさ。わたしの体は他人様(たにんさま)のものだからね。
橋本 おまえの命には証文がついているんだな。
綾衣 女の盛りがすぎたら、借金もなくなるでしょう。でも、その頃には身寄りもなくただ寂しく
老いさらばえてのたれ死に。
橋本 この国の春はとこしえか、夢見るように恋を生き、恋が醒めたら夢を見る。
綾衣 平左衛門さん。わたしはあんたが羨ましいんだ。
橋本 なぜだ?
綾衣 あんたは最期を見つめて暮らしているんだもの。

神崎は再び椅子に座り、次のアリアの間にウトウトと船を漕ぎ始める

橋本のアリア「金で買われたうぐいす」
おれだって自分で死ぬ日を、自分で決められない。
いつもと知れぬその日をただ待つ身だ。
おれの腹の底には命を惜しむ心もある。
死ぬのが怖くなったわけではない。
次の世の軒先で暮らすのが嫌になった。
でも、おまえと一緒にいる限り、
おれの心は無邪気にさえずる。
できれば、おまえを籠の外へ解き放ち、
その心を優しく暖めてやりたいが、
金で買われたうぐいすを
金で買われたうぐいすを
金で買われたうぐいすを
身請けするにも金が要る。
綾衣 この国の春はとこしえか、夢見るように恋を生き、恋が醒めたら夢を見る。
(悲しげに)ホーホケキョ。ホーホケキョ。

男B(岡野)が舞台1上手より登場。神崎の肩を叩いて起こす。
神崎はたちあがる。二人は、舞台1中央へゆっくりと進む

橋本 許してくれ、綾衣。
綾衣 金が全ての世の中なれど、金で願いの叶うものなし。
橋本 おまえと一緒にいる限り、おれの心は無邪気にさえずる。
綾衣 どちらにしても同じこと、どちらにしてもホーホケキョ。

岡野と神崎は、舞台1中央から、舞台2上の綾衣と橋本を(客席に背を向けて)見つめる。

暗転

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