ドイツ南部バイエルン州の北に位置する人口約7万人の小都市バイロイト。そこは、ワグネリアンの「聖地」と呼ばれている。
ワグネリアンとは、19世紀ドイツの大作曲家リヒャルト・ワーグナーが残した歌劇(オペラ)や楽劇(ムジーク・ドラマ)をこよなく敬愛する人々のこと。
ワーグナーは、自ら創った作品の理想的な上演をめざしてバイロイトの地に祝祭劇場を建設し、現在も「バイロイト音楽祭」として上演活動が続けられている。
なかでも最大規模の作品は、『ラインの黄金』『ワルキューレ』『ジークフリート』『神々の黄昏』の四部作である『ニーベルンクの指環』。
20年以上の歳月をかけて創られ、上演には歌手の休養日も含めて1週間かかり、連続して演奏すれば(絶対に不可能だが)14時間近くかかる超大作だ。
こう書くと、何やら近寄りがたい大芸術に思う人もいるかもしれない。が、話の中味は『スターウォーズ』や『指輪物語』のようなもの。いや、それらハリウッドの大作は、すべて『ニーベルンクの指環』から何らかの影響を受けた結果ともいえる。
筋書きは北欧神話に基づき、地下に住むニーベルンク族のアルベリヒという小人族の男が、ライン川の川底に眠る黄金を盗み出し、それを手にすれば全世界の支配者となる魔力を秘めた指環を造り出す。それを天上に住む神々の長ヴォータンが騙し取るのだが、そのときアルベリヒは、その指環を手にする者は愛を失い、呪われて死ぬ、という呪いをかける。
いったんヴォータンが手にした指環は、神々のために巨大な城ワルハラを建設した巨人族の手に移るが、その指環を奪い合い、弟のファーフナーが兄のファーゾルトを叩き殺し、ファーフナーは大蛇に変身して森の奧に身を隠す。
全世界を支配する指環の存在を怖れるヴォータンは、神々の世界を救う英雄の誕生を願って人間世界に多くの子供を生ませ、そのなかの双子の兄と妹から生まれたジークフリートが、やがて成長して大蛇に変身したファーフナーを殺し、指環を手に入れる。
そして、ヴォータンに最も愛されていた娘のワルキューレ(女戦士)のブリュンヒルデと結婚する。
ところが指環に呪いをかけたアルベリヒの子供ハーゲンに騙されてジークフリートは殺され、残された妻のブリュンヒルデは、指環を手にしたままライン川に身を投げる。
黄金の指環はラインの川底に戻ると同時に、神々の城ワルハラは焼け落ち、氾濫したライン川の水に全世界が呑み込まれる…。
その最後の最後で「愛の復活のテーマ」と名付けられた美事なまでに美しいメロディ(のちにレナード・バーンスタインがミュージカル『ウェスト・サイド・ストーリー』に借用した旋律)が流れると、ワグネリアンでなくても、全身が身震いするような感動に包まれるはずだ。
大オーケストラによる圧倒的に豊穣なサウンド。無限に続くかと思える官能的なメロディ。それを『19世紀版ハリウッド的大スペクタクル』と書くと、ワグネリアンの方々は「大芸術に対する冒涜」と怒るかもしれない。が、その程度の気持ちで見たり聴いたりすれば、誰もがこの大活劇のファンになるはず。そして『スターウォーズ』や『指輪物語』よりも凄い!と納得できるはずです。
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