「仮想現実(ヴァーチャルリアリティ)」は、「仮想(ヴァーチャル)」か? それとも「現実(リアル)」か? ……と訊かれたら、誰だって、「えっ?」と、一瞬答えに窮するに違いない。
そして、しばらく考えてから、多くの人が、「それは現実ではない。仮想の世界での出来事」と答えるのではないだろうか。
たとえば3D映像で映し出され、歌ったり踊ったりする「初音ミク」というキャラクターは、誰が、どう考えても、「現実に存在」している歌手ではなく、「仮の想像上の映像として映し出されたもの」なのだ。
しかし、そんな「考え」を覆すようなコンサートと出逢ってしまった。
それは、今年(2018年)の1月22日にNHKのBS放送で放映された「パヴァロッティ没後10周年記念コンサート」だ。
実際には昨年の9月6日、毎年夏の野外オペラで有名なヴェローナの野外劇場(古代ローマ時代の遺跡)に、4万人以上の超満員の観衆を集め、世界ナンバーワンのテノール歌手と言われたルチアーノ・パヴァロッティの「没後10年」を記念するコンサートが行われたのだ。
その放送を見聴きして驚いた。
なんと!「三大テナー」として人気を集めたプラシド・ドミンゴとホセ・カレーラスが舞台に現れ、パヴァロッティの映像と録音された歌声とともに、3人で見事に「マイ・ウェイ」を歌いあげたのだ。
いや、それだけではない!
ソプラノ歌手のアンジェラ・ゲウルギウや、イタリアの人気ポップス・シンガーのズッケロ、ジョルジアなどが次々と登場し、パヴァロッティ(の映像と録音)とコラボし、見事な掛け合いや重唱をやってのけたのだ。
その放送を見て、私は正直言って、「仮想現実」が「過去の想い出」を見事に甦らせてくれたことに唖然とした。
ドミンゴやカレーラスの声が少々衰えていたのに較べ、パヴァロッティの声が若いときのままに光り輝いていたのは、ご愛敬と言うほかなかった。が、最近は、このように「過去」をそっくりそのまま復活させることが可能になったのだ。
そう言えば最近では、インターネットのユーチューブで、人気歌手のセリーヌ・ディオンが、1950年代のエルヴィス・プレスリーとステージでデュエットしている映像も見ることができる。セリーヌはマイクを持って歌う本物。一方プレスリーは過去の映像をもとに創られた3D立体画像。それが誰の目にも「本物のエルヴィス」としか見えないほどリアルなのだ(この映像を見て、そっくりさんでしょ? と言う人も多いとか)。
実は、このような技術の進化を見越して、大指揮者のレナード・バーンスタインに、生前3D映像の録画を申し込んだ放送局があったという。
バーンスタインの死後にも立体映像として指揮台に立ってもらい、彼のダイナミックで華麗な指揮を多く人に楽しんでもらおうとしたのだ。
が、バーンスタインは、その申し出を、次のような言葉で即座に断った。
「そのとき、私の亡霊が指揮するオーケストラは、いったい誰が練習やリハーサルをするというのかね? それを私ができないのなら、私の亡霊が指揮台に立っても意味がない……」
この言葉で、バーンスタインの死後の「復活」はなくなったとか。
そう言えばパヴァロッティの「復活」コンサートにも、若手のオペラ歌手が大勢登場して素晴らしい若い歌声を披露した。やっぱり「過去の人」は想い出だけで、未来を切り拓くことはないのですね。
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