コラム「音楽編」
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掲載日2004-10-04

この原稿は、2002年6月に大阪フェスティバル・ホールで上演されたモーツァルトのオペラ『コジ・ファン・トゥッテ(女はみんなこうしたもの)』(佐渡裕・指揮/宮本亜門・演出のコンサート形式上演)のプログラムに寄稿したものです。ちょいとレナード・バーンスタインの“蔵出し”が続いたので、たまにはモーツァルトを、どうぞ。

モーツァルトのオペラのおもしろさ

 「オペラが大好き」というと、ひと昔(十年くらい)前までは、少々妙な顔をされたものである。
  その顔は、あんな頭のテッペンからキンキン声を出すものが好きなの? と、無言のうちに語っていた。あるいは、「ほほう、オペラですか・・・」と、一歩うしろに退かれる表情に満ちていた。高級なご趣味をお持ちで・・・というわけである。

 最近では、「三大テナー」のモノマネをするTVタレントまで現れるようになり(もちろん声帯模写でなく形態模写だが)、オペラもずいぶん身近なものになったように思える。が、それでもまだまだ、本当にオペラが好き、という人は少ないのではないだろうか。
  しかも、ミュージカルや歌舞伎やイタリア映画などが好きな人――本来ならオペラも大好きになるはずの人――で、オペラだけは縁がなく、見たことも聴いたこともない、という人がけっこう多いように思える。

 そういう人は心のどこかでブレーキをかけている。オペラとは、高尚で、高級で、難解で、見るとくたびれて、聴いても楽しめないもの・・・だと思っている人が、少なくない。
  まったく残念なことである。そんなつまらない誤解や先入観のために、こんなにオモロイものを見ない聴かないというのは、人生における大きな損失、というほかない。

 オペラの物語は、けっして難解ではない。9割以上が男と女のホレタハレタの話である。
  たとえば、モーツァルトの三大オペラといわれる『フィガロの結婚』は「不倫ドラマ」、『ドン・ジョヴァンニ』は「プレイボーイの遊びまくり一代記」、今宵上演される『コジ・ファン・トゥッテ(女はみんなこうしたもの)』は「スワッピング(恋人交換)劇」である。早い話が、オペラとは「下ネタ」だらけの世界で、おまけに登場人物の感情を音楽が表現してくれるのだから、こんなにわかりやすくおもしろいエンターテインメントはほかにない、といえるほどなのである。

 ところが、モーツァルトという大天才は、人間(登場人物)の感情の起伏を、あまりにも美しい音楽で完璧なまでに表現してしまった。そこでモーツァルトのオペラは「スゴイ!」といわれるようになり、「スゴイ!」という評価は「大傑作」「最高の芸術」へと発展し、「大天才の最高の芸術」ならば一般庶民にとっては縁遠い難解なもの、という誤解が生まれたのだろう(そのうえ、「最高の芸術」は自分のような「高尚な人間」でないと理解できないですよ、といった自己宣伝をしたがる学者先生もいたようですからね)。

 しかしモーツァルトの表現したものは、所詮は男と女のホレタハレタの感情なのである。恋へのあこがれ、恋する苦しみ、愛と憎しみが同居する複雑さ、愛する人がいても他の人に恋心を抱いてしまう浮気心・・・。
  そんなどこにでもいる人間の誰もが抱く人間ならではの多彩な感情を、モーツァルト(や、他の大作曲家たち)は音楽で表現した――それが、オペラなのだ。だから、恋をしたことがある人なら誰でも(恋に苦しんだことがある人ならもっと)オペラを楽しむことができるのだ。

 しかも今宵の上演で指揮棒を振る佐渡裕は、音楽を楽しく聴かせることにかけては最高の指揮者である。さらに演出の宮本亜門は、サーヴィス精神にあふれたエンターテイナーである。モーツァルトの最高に楽しい「スワッピング・ドラマ」を見て、聴いて、楽しむのに、これほど素晴らしい組み合わせはない。
 『コジ・ファン・トゥッテ』は、初演時(1790年)には「恋人交換」という物語があまりにも非道徳的と非難された作品である。そのため19世紀を通じて愚劣な作品と非難され、ほとんど上演されなかったオペラである。

 しかし、女性の心が本当に一人の男性(恋人)だけを愛してるかどうかを試そうとして、男たちが変装して互いに別の女性を口説いたところが、女性は新しい男の求愛を受け入れたため、男たちは困惑する・・・という物語は、今世紀になってからは、ごく普通のコメディとして受け入れられるようになった。そのうえ、アンサンブル中心のモーツァルトの音楽が大傑作と認知されるようになったのだ。

 もっとも、佐渡裕と宮本亜門のコンビなら、「大傑作」という額縁に入れて飾るようなことはしないはずだ。かつて非道徳と非難されたほどに、人間の深層心理を抉(えぐ)った物語のおもしろさを、モーツァルトの音楽の美しさとともに存分に表現してくれるはずである。そして、われわれ男と女のホレタハレタの恋心の複雑さを浮き彫りにして、オペラの楽しさをたっぷり味わわせてくれるに違いない。
  さあ、開演のベルが鳴ります―。

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