好きな映画をたったひとつだけ選べ、といわれて、数え切れないほどあるなかから、『ブルース・ブラザース』を選んだ。そのことを、いま、わたしはおおいに後悔している。
この作品の底抜けのおもしろさを文字で書きあらわすことなど不可能だ。おそらく『風とともに去りぬ』ついて書くほうが、よほど簡単にちがいない。
筋書きは単純。監獄を仮出所したジェイク(ジョン・ベルーシ)と、彼をむかえたエルウッド(ダン・アイクロイド)というチンピラの義兄弟がいる。彼らが幼いときに育った孤児院が固定資産税を払えず存亡の危機に陥る。そこでふたりは、かつての音楽仲間を集めてバンド(ブルース・ブラザース・バンド)を再編成し、コンサートを開いて5千ドルを集め、孤児院を救う。それだけのことである。
しかしその間に、抱腹絶倒のギャグとパロディが次からつぎへと炸裂する。
エルウッドの100回以上の交通違反が警察にばれて、シカゴのショッピング・モールのウィンドーをメチャメチャに壊しながらフルスピードで駈けぬけるカー・チェイスがはじまったかと思うと、かつてジェイクに結婚式をすっぽかされた婚約者(キャリー・フィッシャー)があらわれ、バズーカ砲や火炎放射器を打ちまくって復讐を試みる。
なかでもケッサクなのは、田舎のレストランで荒くれカウボーイの客を相手にカントリー&ウエスタンの音楽を演奏して大喝采を博するシーン。古臭ただようウエスタンの甘いメロディを、うっとりした表情で聴きながら愛を語り合う恋人たちや老夫婦、ひとりで涙ぐむ青年・・・といった“アメリカの田舎者”たちが、悪意ぎりぎりのウイットで描かれている。
そして圧巻は、ラストシーンの20分以上におよぶシカゴ市内でのカー・チェイス。100台以上のパトカーがブルース・ブラザースを追いかけ、次つぎとぶつかり、転倒し、大破する。さらに、消防車、装甲車、戦車、州兵を満載したトラック、果てはヘリコプターからレンジャー部隊まで殺到したうえ、アメリカ社会主義白人党を名乗る親ナチ団体までがワーグナーの『ワルキューレの騎行』の音楽をバックに追跡にくわわる・・・。並みのカー・チェイス以上の迫力にあふれながら、期限内に税金を納めようとするチンピラふたりを警察や軍隊が総動員で追いかける、というシチュエーションが強烈な笑いを醸しだす。
しかも、この映画を見終わったあとは、単なるスラップスティック・コメディ(ドタバタ喜劇)のケッサクというにとどまらない感動に満たされる。とはいえ、その感動は、おもろうてやがて悲しき・・・という松竹新喜劇的人情話によるものではない。あるいは、吉本新喜劇的ナンセンスに終始するのでもない。最後の最後に逮捕され、牢屋に入れられたブルース・ブラザースは、そこであっけらかんと『監獄ロック』を歌いだし、囚人全員が踊りまくる・・・そんなラスト・シーンを見たあとは、カラリと晴れあがった青空のような爽やかな感動に満たされるのである。
それは、全編にあふれる素晴らしい「歌」のせいだ。「歌」に心から酔い、「歌」を心から楽しみ、全身で喜びを表現し、踊り出すひとびとの活き活きとした表情・・・その笑顔が見事に映像化されている。だから、湿り気の微塵もない爽快な感動に心がふくらむのだ。
ブルース・ブラザースが楽器を借りに行く楽器屋の店主(レイ・チャールズ)がキイボードを弾きながら歌い、その歌声につられて街を歩いていた老若男女が踊りだすシーンなど、何度くりかえし見てもじつに見事で、どんなに気分が落ち込んでいるときでも、このシーンを3分間見るだけで心がうきうきしてくるほどである。
さらにソウル・シンガーのアレサ・フランクリンがバンドに復帰しようとする亭主にむかって「馬鹿なことをするな」と諫めて歌う語り口の巧さや、かつてコットン・クラブで活躍した往年の大歌手キャブ・キャロウェイが、開演時間に遅れたブルース・ブラザースに代わって『ミニー・ザ・ムーチャ』を歌うシーンなど、これまた何度くりかえし見ても、その素晴らしい歌唱力に舌を巻くほかない。
さらにさらにブルース・ブラザースが、警察や軍隊に囲まれながら「愛する人を抱きしめよう!」と歌うコンサートのシーンは、愛を語った凡百の恋愛映画以上に美しく優しいメッセージをふくんでいる。
明治時代に“LOVE”という英語を「力」と訳した文学者がいたらしい(“I love you”は「私はあなたの力になりたい」と訳したらしい)。わたしはこの映画を見て、なるほどそれは名訳で、「愛」とは「力」であると納得させられた。この作品は「歌」に対する「愛」(「歌」の持つ「力」を信じること)と、「歌」を愛するひとびとに対する「愛」に充ち満ちた大傑作喜劇なのである。
映画のなかでは徹底的に馬鹿にされているにもかかわらず、その製作に全面協力した市当局や軍当局のひとびともふくめて、こんなハチャメチャ喜劇を全精力を傾けてつくったアメリカ人の心を、わたしは信じたいと思う。 |