コラム「音楽編」
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掲載日2017-07-12
この原稿は小学館発行の雑誌(今もあるのかな?)『サウンドパル』1997年12月号の『連載・玉木正之のビデオで見るオペラの時間』の第8回目として書いたモノです。のちに東京新聞社のサンシャインシティ文化センター『東京カルチャー倶楽部』での講座『オペラは、ほんまにオモロイでぇ〜』(1999年4月〜2000年3月)の講義録と合わせて『オペラ道場入門』(小学館2000年5月刊)として単行本にしました。そのときは、本の帯に佐渡裕(指揮者)島田雅彦(作家)野村万之丞(狂言師・故人)岡田武史(コンサドーレ札幌監督=当時)山下洋輔(ジャズ・ピアニスト)の各氏が推薦人として名前を連ねてくださり、出版と同時に、料理評論家でオペラ・ファンの山本益博さんや、音楽評論家の故・宇野功芳氏や、故・永竹由幸氏などが書評で取りあげてくださり、絶賛してくださった本でした(このなかで、既に3人も故人になられたのですねえ…合掌)。ところが、単行本も今では絶版になってしまったことでもあり(amazon.comでは、まだ購入可能のようですが)、第8弾を“蔵出し”します。ご愛読をよろしく!

「ビデオで見る玉木正之のオペラの時間」第8回《父親の心を表現したワーグナーや、女の心を表現したR・シュトラウスのオペラを理解できない人など存在しない! オペラとは「人間の心」を表現した芸術である》

 北欧神話を題材にし、ワーグナー自らが台本も書き、作曲もした超大作『ニーベルンクの指環』は、序夜『ラインの黄金』第一夜『ワルキューレ』第二夜『ジークフリート』第三夜『神々の黄昏』の四部に分かれている。そのなかで最も完成度の高い作品は、『ワルキューレ』(全三幕)で、とりわけ第三幕の最後のシーンは、古今東西のあらゆるオペラのなかの最高傑作ともいえる感動的なシーン、感動的な音楽を味わうことができる。

 その最高傑作シーンを説明するために、全体の筋書きを説明しておこう。
 神々の長であるヴォータンは、巨人族(ファーフナーとファーゾルト)に命じてワルハラの城を建設させる。そのために、あらゆる財宝を与える約束をするが、巨人族は、「ラインの黄金で作った指環も与えろ、そうでないと、青春の女神フライアを奪う」と、ヴォータンを脅す。

 ラインの黄金で作った指環とは、地下の王国(ニーベルハイム)に住む小人族のアルベリヒが、ラインの乙女たち(ウォークリンデ、ヴェルグンデ、フロースヒルデ)が守っていたライン川の黄金を奪い取り、弟のミーメに命じて作らせた指環で、それを手にする者が世界を支配する、といわれている指環だった。

 ヴォータンは、その指環の存在を知ると、是が非でも手に入れたくなり、狡猾な火の神ローゲの悪知恵を利用して、アルベリヒを騙し、指環を手に入れる。ヴォータンは、その指環だけは手放したくなかったが、青春の女神フライアを奪われると、神々は、彼女の育てる不老不死のリンゴを食べることができなくなり、神々は滅亡する。

 そこで仕方なく、ヴォータンは指環を巨人族に与える。するとその瞬間、巨人族の兄弟の間で指環の奪い合いが起き、弟のファーフナーは兄のファーゾルトを叩き殺す。それは、ヴォータンがアルベリヒから指環を奪ったときに、アルベリヒが「その指環を手にする者は災いに遭遇する」という呪いをかけた結果だった。

 ヴォータンをはじめとする神々は、新しく建設されたワルハラの城に入城する。が、世界を支配する指環を失った結果、衰退の危機に見舞われる(ここまでが、序夜『ラインの黄金』)

 ヴォータンは、神々の危機を救う英雄の出現を期待して、人間の女性との間に多くの子供を作る。そのなかの一人ジークムントは、ヴォータンの期待通り、強い英雄として成長し、地上で戦いの日々を送る。が、ある日、戦いで傷つき、敵の武将フンディンクの家に迷い込む。フンディンクは、翌日に決闘することを条件に、一夜の宿泊を許す。が、その夜、ジークムントはフンディンクの妻となっていた双子の妹ジークリンデと再会し、二人は結ばれる。そしてジークムントは、ヴォータンが神々を救う英雄のために用意した最強の剣ノートゥンクを、トネリコの大木から引き抜いて手に入れる。

 一夜あけて、ジークムントとフンディンクは決闘する。その様子を天上界から見ていたヴォータンは、当然ジークムントを勝たせようとする。が、ヴォータンの正妻であり、結婚を司る女神のフリッカは、ヴォータンの「浮気」を詰ったうえ、兄妹でありながら結ばれたジークムントとジークリンデを非難し、ヴォータンに対して、フンディンクを勝たせるよう迫る。

 ヴォータンは仕方なく正妻の意見に従うことを約束し、自分の娘である「戦いの乙女」たち(ワルキューレ=地上の戦いで亡くなった兵士を天上界に運び、神々を守る戦士として復活させる乙女たち)のなかで最も愛しているブリュンヒルデに向かって、フンディンクを勝たせ、ジークムントを負けさせるよう命ずる。

 ところが父ヴォータンの心の奥の真の気持ちを悟ったブリュンヒルデは、英雄ジークムントに勝利を与える。しかし、その命令に反した態度に怒ったヴォータンは、自ら与えた剣ノートゥンクを叩き割ったうえ、ジークムントを殺す。

 それでもブリュンヒルデは、なおも父ヴォータンの命令に逆らい(真意に従い)、ジークムントとの子供(真の英雄ジークフリート)を宿した妹ジークリンデにノートゥンクの破片を渡したうえ、彼女を逃がしてやる−−。

 さて、ここからが、冒頭に記した、古今東西のあらゆるオペラのなかで、最も感動的ともいえる場面のはじまりである。 命令に背いた娘に対して、怒り心頭に発したヴォータンは、娘のブリュンヒルデを捕らえ、罰を与えようとする。

 その罰とは、娘を地上の山の頂きで眠らせ、最初に発見した男のものにする、というものだった。が、ブリュンヒルデは、父に向かって最後の懇願をする。「罰は受けます。でも、私を弱い男のものにしないでください。私の眠るまわりを、真っ赤な炎で覆い尽くしてください。私は、その炎のカーテンを飛び越えてくる英雄のものになりたいのです!」

 その言葉に心を動かされたヴォータンは、娘を山の頂に眠らせると火の神ローゲを呼び寄せ、山全体を炎で覆い尽くさせる。そして、神々の長である槍を高々と掲げ、叫ぶ。
「この槍の先を恐れるものは、この炎を飛び越えてはならぬ!」そのときオーケストラは、朗々と英雄ジークフリートのテーマを演奏する(炎を飛び越えてくるのが、ジークフリートであることを暗示するのだ!)。

 そして『ワルキューレ』の幕が閉じる……というわけだが、この場面は、じっさい何度見ても(聴いても)、じつに感動的で、胸のふるえる思いがする。

 複雑な筋書きや、多種多様な登場人物、それに、ワーグナーの哲学だの、ニーチェの永劫回帰の思想だの、神々の表すメタファーだの……といったものは、関係ない。フル・オーケストラが♪ジャジャジャジャーン……と鳴り響くと、自然に目頭が熱くなる。

 ある日、この場面をレーザーディスクで見ているときに、高校2年と中学3年の娘が学校から帰ってきた。そこで、わたしは「ちょっと、この場面を見てみろ。最高なんだから」といって、並んでソファに座らせた。二人の娘は、興味深そうにテレビ画面に目を凝らし、音楽に耳を傾けた。そして、オーケストラが♪ジャジャジャ〜ン……と素晴らしい音楽を鳴り響かせ、舞台の左右から走り寄った父と娘が、しっかと抱き合ったとき、我が二人の娘は、声をそろえて叫んだ。

「クッサー!。これ、クサすぎるよ。恥ずかしくなるほどクサイじゃ〜ん」
 わたしは、思わず、笑い転げた。
 そうなのだ。ワーグナーは「クサイ」のだ! 恥ずかしくなるほど「クサイ」のだ! 「クサすぎる」ほど凄いのだ! 考えてみれば、ヴェルディもプッチーニも「クサイ」。マスカーニもレオンカヴァッロも、いや、ベートーヴェンやウェーバーだって「クサイ」。そもそもオペラとは「クサイ」ものなのだ。「クサイ芝居」がオペラなのだ。

「うれしい」といえばいい場面で、「♪ああああ〜うっれしいいいいい〜……」と朗々たる声を張りあげる。さらにオーケストラが、♪ジャジャジャ〜ンと喜びの音楽を鳴り響かせる。これが、クサクならないわけがない。それを「クサイ」といわずに「感動」だの「高い完成度」だの「ワーグナーの哲学」だのというのは、先入観に毒されている大人の言葉だ。「オペラとは高尚なものである」「ワーグナーは最高の芸術家である」といった先入観があるから、素直に「クサイ」といえないのだ。

 歌舞伎の見得が「クサイ」のと同じように、オペラの名場面も「クサイ」。バレリーナのポーズが「クサイ」ように、オペラのアリアも「クサイ」。美空ひばりも都はるみも三波春夫も「クサイ」。どれも非日常的な表現を誇張した結果であり、それは当然の結果といえるのだ。しかもワーグナーの『ニーベルンクの指環』は神々や英雄の話なのだ。クサクならないわけがない。

 オペラは新劇とは違うのだ。そのかわり、「クサイ」おかげで、オペラは(歌舞伎もバレエも、ひばりもはるみも春夫も)何度でもくり返し味わうことができる。同じ歌手(役者やダンサー)による同じ演し物を、何度でもくり返し見たり聴いたりすることができる。見事なまでに「クサイ」演技や音楽に、陶酔することができる。クソ・リアリズムには、そんな楽しみはない。

 おまけに、そういう「クサイ」なかに、現実社会のリアリティが含まれている。 先に書いた『ニーベルンクの指環』の粗筋を読まれて、読者がどう感じられたかはわからないが、結婚の女神フリッカが、夫ヴォータンの浮気(不貞)を詰る場面など、どこの家庭の妻と夫にも存在する話である。ヴォータンが娘のブリュンヒルデと別れる場面も、<娘を嫁に出す父親の別れの場面>(新潮オペラCDブック特別版『ニーベルンクの指環』の永竹由幸氏の解説より)といえる。

 オペラに限らず、クラシック音楽、小説、絵画、演劇、映画……等々、芸術作品といえるものに触れるとき、われわれ日本人はともすれば「高尚な理屈」を振り回す傾向がある。ゲーテの思想、ピカソの技巧、シェークスピアの人生観……等々。しかし、それらの基本になっているのは、人間の日常生活であり、要するに恋であり愛であり、不信であり裏切りであり憎悪であり、日常生活での喜怒哀楽なのだ。

 わたしの娘たちは「クッサー!」といってワーグナーの作品を笑い飛ばしたが、その「クサイ」作品を笑い飛ばして終わるか、そこから心に深い感動を得るかは、日常生活(人生経験)の厚みの問題であり、けっして学問的知識の問題ではない。ニーチェの思想に通じるワーグナーのニヒリズム……などといってばかりいては、妻に詰られる夫の気持ちや、<娘を嫁に出す父親の別れ>の感情など理解できない。ということは、ワーグナーの作品を深く味わうことができない。

 ゲーテやピカソやシェークスピアも同じ。胃の痛むような失恋を知らない学者に「ウェルテルの悩み」や「ロミオの一目ぼれ」など理解できるはずもなく、女性の身体に触れていない童貞男にピカソの描く女体の魅力に興奮できるわけもない。逆にいうなら、あらゆる芸術作品に、学問的知識など、いっさい不要なのだ。そうでなければ、ワーグナーのオペラも、ゲーテやピカソやシェークスピアの作品も、今日まで、これほど多くの人々に愛され、楽しまれ、味わわれるわけがない。

 もちろん、ある程度の学問的知識がないと、楽しめないような芸術作品も存在する。たとえばワーグナーのオペラなら『タンホイザー』や『パリジファル』は、キリスト教に関する知識がないよりも、あったほうが取っ付きやすい(キリスト教というのは、多くの日本人にとって「日常」ではないですからね)。『ニーベルンクの指環』も、北欧神話やゲルマン民族の意識を知っているほうが、知らないよりも親しみやすいだろう。が、だからといって、それらを予備知識として勉強する必要など、毛頭ない。

 そんなことをしなくても、日常生活の喜怒哀楽、自分の人生経験をもとに作品を楽しめば、逆に、オペラからキリスト教の知識やゲルマン民族の意識を学ぶことができる。オペラとは、学問的教養や複雑多岐な知識を、音楽という直感的手段を用いて大衆的にわかりやすくしたものともいえるのだ。だから、北欧神話を読んだり、ゲルマン民族の歴史書を読むよりも、ワーグナーの『ニーベルンクの指環』に接するほうが、北欧神話・ゲルマン民族の意識が理解しやすい。

 同様に、ロシアの歴史書を読むよりも、ムソルグスキーのオペラ『ボリス・ゴドゥノフ』や『ホヴァンシチーナ』を見るほうが、ロシア人の意識やソビエト崩壊の理由がよく理解できる。シェイクスピアの『オセロ』よりもヴェルディの『オテロ』、ゲーテの『ファウスト』よりもグノーの『ファウスト』やボイートの『メフィストフェーレ』のほうが、よほどわかりやすい。そもそもオペラとは、そういうものなのだ。

 そういう「日常意識」(とくに女性の感覚)で、深く味わうことができる(大きな感動を得ることができる)のが、リヒャルト・シュトラウスのオペラである(『ニーベルンクの指環』の『ジークフリート』と『神々の黄昏』の粗筋は、この連載を単行本化するときは、書かせていただきますが、今回は誌面の都合で割愛させていただきます)。

 シュトラウスの数多いオペラのなかでも、とくに『ばらの騎士』は、「30歳を過ぎて容姿の衰えを意識しはじめた女性」「結婚後、夫の愛情の冷めたことを嘆いている女性」「結婚していながら若い男性と失楽園に陥っている女性」「失楽園は実行できないでいるが、あこがれを抱いている女性」……そして「好きな男性に別の女性(年上の女性)がいることを感じている若い女性」や「ベルサイユのばらを愛読する女性」「ハーレクイン・ロマンスを愛読する女性」……さらに、「同性愛に興味のある女性」など……早い話が、すべての女性が、深く納得できる筋書きである。

 しかも音楽に素晴らしく美しい優雅なウインナ・ワルツが用いられており、あらゆる女性が、あふれる涙とともに、深い陶酔感に浸れるオペラであり、「寂しく、痛々しく涙する女性」や「その涙を気丈にこらえる女性」の好きな男性(つまり、すべての男性)も、深く感動できるオペラである。

 では、『ばらの騎士』の粗筋を書いておこう。
 夫の愛情を得られない侯爵夫人(マルシャリン)は、若い伯爵オクタヴィアン(女性のメゾ・ソプラノ歌手が演じる)と、この日も不倫をくり返している。が、自分の容姿の衰えを嘆くと同時に、いつの日か若いオクタヴィアンにも若い恋人ができ、その女性と恋に落ち、結ばれ、自分のもとを去ることを予感している。

 そんなところへ、中年助平男のオックス男爵が現れる。侯爵夫人は、オクタヴィアンを女装させ(男性役の女性歌手の女装)、マリアンデルと名づけて不倫の現場を隠すが、オックスは、彼女(彼)にチョッカイを出しながら、近々裕福な商家の女性と結婚することになったので、結納の「ばら」を届ける騎士を紹介してくれるよう、侯爵夫人に依頼する。侯爵夫人は、オクタヴィアンにその役割を命じる。

 侯爵夫人の命令で、商家の豪邸へ「ばら」を届けに行ったオクタヴィアンは、一目でオックスの結婚相手である若い女性(ゾフィー)と恋に落ちる。オックスの結婚は財産が目当て。ゾフィーは豪商である父親が貴族と親戚関係を結ぶことが目的。そこでオクタヴィアンはオックスとゾフィーの「政略結婚」を破滅させる計画を立て、実行する。

 オクタヴィアンは再びマリアンデルに化けてオックスを誘惑し、オックスの本性を露にしたうえで、仲間たち(ヴァルザッキという名前のパパラッチのような人物と、彼の手配した連中)と示し合わせて騒動を起こし、ゾフィーとの結婚を破談にしようとする。が、騒動が大きくなりすぎたところで侯爵夫人が登場。

 オックスは、オクタヴィアンがマリアンデルと同一人物であることに気づき、侯爵夫人の寝室に入り込んでいた不倫相手であることにも気づく。が、侯爵夫人はオックスの「邪推」を退けて出て行かせ、さらに、オクタヴィアンとゾフィーの結婚も認める。

 自分が愛していた「若い燕」が去って行く前で、毅然たる態度で若い二人を祝福する侯爵夫人(それは、初演時には、滅び行くハプスプルグ家の象徴といわれた)。侯爵夫人の態度に戸惑いながらも、ゾフィーに心を奪われるオクタヴィアン。ゾフィーは、侯爵夫人とオクタヴィアンのただならぬ関係を察知しながらも、オクタヴィアンとの将来に喜びを感じる。この三人の縺れた感情を、見事に美しく表現した終幕の三重唱は、オペラという総合芸術のひとつの偉大な頂点を示すもの、といえるほどの高い完成度と、圧倒的な迫力にあふれている。

 いや、「頂点」だの「完成度」だのといった言葉は必要ない。
 あらゆる女性は(そして男性も)、侯爵夫人の気高い姿を見て、「女の一生」というものの悲しさ、儚さ、それゆえの美しさ、耐える女性の高貴さ……というものに感動するに違いない。

 こうなると、もう、オペラの作品がどうのこうの、などという言葉も必要でなくなる。そこに存在するのは、まぎれもない「女性の姿」である。「侯爵夫人」「伯爵」「男爵」「豪商の箱入り娘」といった(われわれ現代の日本人にとっては)きわめてリアリティに欠けるシチュエーションの夢物語でありながら、さらに、けっこう「クサイ」物語と演技、それに、ワーグナー以上に大規模で、「クサイ」ほどに美しい音楽でありながら、目の前に、真の女性の姿が出現するのである。

 いや、そのように大仰な(ともいえる)舞台と音楽であればこそ、女(人間)の本質が描き出すことができる……というべきだろう。

 オペラに、リアリティなど必要ない。そんなものを、求めてはならない。オペラは、ノン・フィクションではない。そんなちっぽけなものではない。音楽という抽象芸術が重要な役割を果たすオペラは、そもそもリアルな現実をそのまま表現することなどできないのだ。オペラは、言葉では表すことのできないもっと壮大なものが表現されているのだ。

 それは、外見は神話であったり、王侯貴族の生活であったりする。が、内面では、そんな外見よりも、もっと広大な人間の内部(心)が表されているのだ。

 リヒャルト・シュトラウスは、恐ろしいほどに燃え盛る女の情念(『サロメ』『エレクトラ』)や、広く豊かな女の愛(『ばらの騎士』『アラベラ』)や、深く慈愛に満ちた女の感情(『影のない女』)など、さまざまな「女心」をオペラで描き出した。

 そして最後に、『カプリッチョ』(奇想曲)という作品のなかで、詩人と音楽家という二人の男性に愛され、どちらの男性を取るかで悩む「女性の心」を描いた。それは、オペラという作品において、言葉(詩人)と音楽(音楽家)のどっちが重要か、というテーマをとりあげた作品でもあった。が、女性が素晴らしい二人の男性を理屈で選択できないのと同様、そのテーマに結論など出るわけがない。

 オペラは、高度な哲学や難解な思想を表現するものではない。オペラは、人間の「心」を構成している音楽(感性)と言葉(理性)という二つの相反する手段を巧みに総合するなかで、この世の中で最も身近にありながら、最も複雑で理解しがたいわたしたち人間の「心」という存在を、表現しているのである。

 すべてのオペラのテーマは、我々人間の誰もが有している「心」なのだ。だから、オペラを楽しめない人、オペラを理解できない人など、この世の中に存在しないはずなのである。それでも、それを理解できないと言う人は、恋する心や愛する心がかけているのかも……?

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ダフ屋の矜恃

スポーツは音楽とともに

玉木正之の『クラシック音楽道場入門』 第1期「クラシックはオモシロイ〜その楽しみ方」

BRAVO! 神奈フィル新常任指揮者・金聖響さんの「魔法」に期待する!

『ウェスト・サイド・ストーリー』は最高のオペラ?

日本人なら『椿姫』で泣ける

「オペラ=音楽プラス世界文学」 それは、人生を楽しむ最高のツール!

オペラのテーマは男と女。しかも90パーセントが不倫!

アメリカ音楽が超大国アメリカを支える!?

21世紀のベートーヴェン――その国際性と多様性

ベートーヴェンの『天の時、地の利、人の和』

純文学書き下ろし序曲『のだめのためのだめな虚無舞踏序曲(ダンシング・ヴァニティ・オヴァチュア)』

『指輪物語』よりも面白い『ニーベルンクの指環』

日本人ならオペラ・ファンになる!〜「日独伊オペラ歌舞伎同盟」

オペラといえば『トゥーランドット』!?

真のオペラの誕生と成長

「身体の音楽」――太鼓打ち・林英哲さんに関する断想

トリエステ・オペラの魅力〜イタリア・オペラの神髄

玉木正之の『オペラはやっぱりオモロイでぇ』 第15期「オペラで世界文学全集!」

玉木正之のオペラへの招待 大人の恋の物語『メリーウィドウ』

『ジャンニ・スキッキ』の舞台は京都?

クラシック音楽ファン、オペラ・ファンは、なぜDVDに狂喜しているのか?

「不〜倫火山」大爆発!善男善女の皆さんも、煩悩まみれの皆さんも、みんな一緒に御唱和ください!「不倫、不倫、不倫、フリ〜ン!」

クラシック・コンサートは「真に新しい音楽」に触れる場所

オペラとは男と女の化かし合いを楽しむもの

50歳からのホンモノ道楽

『オペラはやっぱりオモロイでぇ』第14期「オペラ掘り出しモノ!」

山下洋輔ニュー・イヤー・コンサート ヨースケ&サド緊急“生”記者会見!『いま明かされる!反則肘打ち事件の真相』

「ベートーヴェンの交響曲」その名声と誤解

ベートーヴェンの「圧倒的感動」

ファジル・サイの魅力

スポーツは音楽とともに――フィギュアスケートはオペラとともに

300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第3弾!

300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第2弾!

300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第1弾!

天才少年ヴィトゥスとテオと音楽と……

『オペラはやっぱりオモロイでぇ』第13期「オペラは、ゼッタイ演出に注目!」

<演歌 de おぺら(エンカ・デ・オペラ)>上演企画書

『指揮者列伝』ミニミニ・ダイジェスト「カラヤン・ゲルギエフ・セラフィン・バーンスタイン」

あけましてフリー漫才

男の子がヴァイオリンを弾くのは恥ずかしいことだった・・・?

『オペラはやっぱりオモロイでぇ』第12期「オペラは、祭りだ! お祭りだ!」MUSIC FESTIVALS IN THE WORLD

革命的斬新さを失わない音楽――それがクラシック

いつの世も変わらない「親子」と「男女」

日本ポップス史講座アンケート

待ち焦がれた“パリジャン”の本領

「浪漫派ベートーヴェン」を存分に楽しませてくれた演奏に心から拍手

音楽家はいかにして演奏に心をこめるのか?

JAZZとテツガク

ソロ(孤高)を求めてバンド(連帯)を怖れず!

我が「師匠」福島明也の魅力

城之内ミサ『華Uroad to OASIS』「ジャンル」を超えた素晴らしい音楽

懐かしい空間の響き

佐渡&玉木のぶっちゃけトーク

五嶋龍―「神童」の生まれ出る一瞬

ヤッタリーナ!ガンバリーナ!イタリーア!

アメリカのスポーツとアメリカの音楽

フィリッパ・ジョルダーノの魅力〜フィリッパの歌はイタリアの味

「私の好きな音楽」身体で感じる世界

玉木正之の『オペラはやっぱりオモロイでぇ』第10期「オペレッタを楽しもう!」

リヒャルト・シュトラウスのオペラは宝塚にふさわしい

日本人は「万葉集」以来「歌とともに生きている」

東方の奇蹟の二重唱

永遠の歌声

「原点回帰」の「山下洋輔ニュー・イヤー・コンサート2006」に贈る新春お笑い寄席 新作古典落語『人生振出双六』

20世紀最高の「歌役者」

クルマとラジオ

世界は演歌に満ちている

バーブラは諸行無常の響きあり

最高の「日本オペラ」

タイムマシンと冷戦時代

ニッポンは明るい!

春の祭典

シャンソンは高級?

イタリアはイタリア

ジャズはサッカー?

世界はひとつ?

大事なのは、質より量?内面より外見?

ビートルズはわかる?

無人島で聴く最後の歌

歌は世に連れない

クレオ・レーンの学歴

ひばりの川流れ

NASAと蓄音機

日本人の遊び心

「革命的音楽」は時代とともに消えてゆく?

究極のノスタルジー

『プロの仕事』

佐渡&玉木のぶっちゃけトーク(最終回)

「映画を所有したい!」と思うのは何故?

討ち入りや ゑひもせすまで ジャズに酔ひ――『ジャズマン忠臣蔵』講釈・前口上

ゲルギエフの引き出す無限の可能性/偉大な芸術とは、オモロイもんである。

冬の夜長にオペラ――その極上の面白さをDVDで味わう

都はるみさんの「世界」との新たな出逢い

天国の大トークバトル『クラシック あとは野となれ ジャズとなれ!』

超虚構音楽史―山下洋輔作曲「ピアノ・コンチェルト」の世紀の一戦

男と女の愛の形――悪いのはどっち?

「世の中に新しきものナシ」あらゆる創作はパクリである?

モーツァルトのオペラのおもしろさ

人を愛し、未来を信じ、時代を超越するパワー

バーンスタイン『キャンディード』の単純明快な世界

いつの世も変わらない「親子」と「男女」

<演歌 de オペラ>上演企画書

カルロス・クライバー〜〜実体験なき体験/〜夢のような体験

歌うピアニスト ―― G&G(グルダとグールド)

グレン・グールド<ガラス=音楽=グールド>

『ブルース・ブラザース』讃

翔べ! 21世紀へ!「エレクトリック・クラシック」の翼に乗って!

サロメ――官能と陶酔の神話の魅力

神野宗吉(ジャンニ・スキッキ)の娘・涼子(ラウレッタ)のアリア『好きやねん、お父ちゃん』(『私のお父さん』)

「子供(jr)」という大発見

NHK-FM『クラシックだい好き』 1〜6回プログラム

島田雅彦のオペラと小説――『バラバラの騎士』と『どんな? あんな?こんな? そんな!』

「オペラ忠臣蔵」のテロリズム

フリンオペラ年表400年史『オペラの歴史はフリンの歴史』

極私的ワーグナー体験の告白『私は如何にしてワーグナーの洗脳を解かれたか?』

ベートーヴェンの「朝ごはん」

サッカーと音楽の合体――それがスポーツ!それがワールドカップ!

オペラ「アイーダ」の本当の魅力

ヨースケのことなら何でもワカル!『ヤマシタ・ヨースケ・ジャズ用語大辞典』遠日発売未定 内容見本

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