『だんご三兄弟』などという歌が流行している。どうして、あんなにもくだらないタンゴもどきの駄作のCDを、多くのひとが買い求めるのか、まったく理解できない。
先月号でオペラの話を書いたから、オペラのような音楽が好きなひとは、『みんなの歌』に出てくるような音楽は嫌い・・・などと誤解されるとまずいので断っておくが、わたしは、音楽と名のつくものなら、クラシックから雅楽まで、ロックから長唄まで、演歌からジャズまで、何でも大好きである。
もちろん、童謡も例外でなく、なかでも『犬のおまわりさん』は、メロディも歌詞も傑作中の大傑作だと思っている。とりわけ、その歌詞の最後の部分で、迷子になった子猫が「ニャンニャン」と鳴き、犬のおまわりさんが困ってしまって「ワンワン」と鳴き返すところなど、言語によるコミュニケーションの限界を暗示した恐ろしいまでに見事な内容だと思っている(ちょっと理屈っぽすぎるかな?)
しかし『だんご三兄弟』は、単に「タンゴ」という音楽のジャンルから「だんご」という駄洒落を思いつき、それを歌にしただけのシロモノで、パロディとしての迫力に欠け、面白味もない。『みんなの歌』で世に出た作品としては、『泳げたいやきくん』や『山口さんちのツトムくん』、それに『パタパタ・ママ』や『コンピューター・おばあちゃん』のほうが、ずっとおもしろい。
そんなふうに思っていたところが、ある週刊誌が、『だんご三兄弟』に「盗作」の疑いがある、との記事を書き、それをTVのワイドショウがとりあげた。週刊誌の記事を読んでいないので(読む気もないので)詳細は知らないが、吉幾三が過去に歌ったタンゴ調の歌に、そっくりだというのだ(タイトルは、たしか『おじさんのタンゴ』だったか?)。
そのときワイドショウに出演していた文化人やタレントが、「タンゴは、どれも同じようなメロディだから」「そういえば『黒猫のタンゴ』にもよく似ている」などといい合って笑っていた。が、これは、少々乱暴な意見である。
タンゴの名曲『ラ・クンパルシータ』と『エル・チョクロ』ではメロディが全然違う。『碧空』と『オレ・グアッパ』でも全然違う。要するに『だんご三兄弟』や『黒猫のタンゴ』は(それに、吉幾三が歌ったタンゴ調の歌も)タンゴのなかで最も有名な『ラ・クンパルシータ』を土台にして(一部、剽窃して)タンゴの雰囲気を出しただけの駄曲なのである。
誤解のないように断っておくが、私は、剽窃や盗作が悪いという気は、一切ない。音楽だけでなく、絵画にしろ、彫刻にしろ、小説や詩や演劇にしろ、よほどの大天才でないかぎり、まったくの無から作品を創造できるものではない。そのような作品は、きわめて少数であり、アイデアは他の作品から拝借しているのが常、といってもいいくらいである。
音楽で、そういう剽窃もどきの「そっくりさん」がどれくらいあるか、私が気づいたものをアトランダムにズラリと並べてみよう(矢印の下の書いたものが元ネタと思える作品である)。
- 映画『スター・ウォーズ』のテーマ←プッチーニ作曲・歌劇『マノン・レスコー』
- 同じく『スター・ウォーズ』のダース・ベイダーのテーマ←マーラー作曲『交響曲第七番「夜の歌」』
- マーラー作曲『交響曲第三番』の冒頭←ブラームス作曲『交響曲第一番』第四楽章
- ミュージカル『キャッツ』の「メモリー」←ラヴェル作曲『ボレロ』
- ミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』のマリアとアニタの二重唱←ワーグナー作曲・歌劇『ニーベルンクの指環』の愛の復活のテーマ
- ベートーヴェン作曲『交響曲第三番「英雄」』←モーツァルト作曲・歌劇『バスティアンとバスティエンヌ』
- シューベルト作曲『野ばら』←モーツァルト作曲歌劇『魔笛』の二重唱
- 映画『太陽がいっぱい』のテーマ←ドニゼッティ作曲・歌劇『ランメルモールのルチア』の二重唱
- 映画『エデンの東』のテーマ←モーツァルト作曲・歌劇『ドン・ジョヴァンニ』の二重唱
- ミュージカル『メリー・ポピンズ』の「チム・チム・チェリー」←プッチーニ作曲・歌劇『妖精ヴィッリ』の合唱曲
- リヒャルト・シュトラウス作曲・歌劇『ばらの騎士』のワルツ←ヨハン・シュトラウス作曲ワルツ『デミナーデン』
- NHKのTV番組『クローズアップ現代』のテーマ←映画『ゴジラ』のテーマ←ラヴェル作曲『ピアノ協奏曲』第三楽章
- TVアニメ『巨人の星』の主題歌←軍歌『ラバウル小唄』
- 芥川也寸志・作曲TVドラマ『赤穂浪士』のテーマ←チャイコフスキー作曲『ヴァイオリン協奏曲』
- 『雪の降る町を』←ヴェルディ作曲・歌劇『マクベス』のアリア
- クリムゾン・キング『21世紀の精神異常者』←TVドラマ『スパイ大作戦』のテーマ
- PUFFYの『サーキットの娘』←リロイ・アンダーソン作曲『そり遊び』
- ニニ・ロッソの『夜空のトランペット』←チャイコフスキー作曲『イタリア奇想曲』
- ラテン・ダンス音楽『チキチキ』←ベートーヴェン作曲『ピアノ協奏曲第一番第三楽章』
それに、タイトルは思い出せないが、♪・・・停車場に、よく似た女が逃げてくる・・・という歌詞の流行歌(ニューミュージック)のメロディは、コダーイ作曲の『ハーリ・ヤーノシュ』のメロディにそっくりだし、沢田研二がザ・タイガース時代にヒットさせた歌のなかには、クリスマスの聖歌(讃美歌)からの完全なパクリがあるし、アルゼンチン・タンゴのCDを聴いていて、とつぜん『北上夜曲』にそっくりのメロディが出てきて仰天したことがあるし・・・いやはや、何の資料も見ずに思いつくまま書いても、これだけあるのだから、きちんと調べ直せば、どれだけの「ソックリさん」があるのか、想像もつかない。
ほかにも、元ネタを堂々と公表し、リメイクとしてヒットした音楽も少なくない。
たとえば――
- ザ・ピーナッツの歌った『情熱の花』←ベートーヴェン作曲『エリーゼのために』
- 『レモンのキッス』←ポンキエッリ作曲・歌劇『ラ・ジョコンダ』より「時の踊り」
- 映画『慕情』のテーマ←プッチーニ作曲・歌劇『蝶々夫人』のアリア「ある晴れた日に」
- ビーチ・ボーイズの『サーフィンUSA』←チャック・ベリーの『スイート・リトル・シクスティーン』・・・
- 『真珠採りのタンゴ』←ビゼー作曲・歌劇『真珠採り』のアリア
- タンゴ『ヴィオレッタに捧げし歌』←ヴェルディ作曲・歌劇『椿姫』前奏曲
- 『黒田節』←雅楽『越天楽』・・・
哲学者のフランシス・ベーコンは、『随想録』(エッセイズ)のなかに、次のような文章を書き残している。
《ソロモンは言う。「地上に新しきものはない」。プラトンは言った。「あらゆる知識は記憶にすぎない」。それゆえ、ソロモンは言う。「ありとあらゆる新しいものは、忘れ去られたものにほかならない」》
情報過多の現代では、情報(知識)は、次々から次へと忘れ去られ、忘れ去られた過去のものが、新しい装いで復活する。ただ、それだけのことなのかもしれない(最近のコギャルの流行であるルーズ・ソックスも、明らかにレッグ・ウォーマーの「焼き直し」といえよう)。ミニ・スカートもロング・スカートも、ビキニの水着もワン・ショルダーもすべて出尽くし、ロックもフュージョンも不協和音も十二音階も出尽くした現在、『だんご三兄弟』程度の音楽が騒がれるのなら、意外や意外、歌舞伎の長唄や文楽の義太夫に注目したほうが、もっと素晴らしく「新しい」音楽(おそらくロック・ミュージックやヘビメタ)が生まれるのではないだろうか。 |