◎文化は中央から周縁へと伝わり、その結果、中央と周縁で影響を及ぼし合って面白いものに発展する……と、私は思っています。
たとえばフランス文化でいうとパリよりも、モントリオールのほうがフランス的だったりして、中央のパリはといえば、オペラなどでは思いきり新しい、「パリ的」でないような演出をしている。
こういう風に、中央はどんどん変化し、それがさらに周縁に広がっていく。おまけに周縁に伝わった文化は、純粋ではありえなくて、周縁独自の文化と交じり合う。私はそういう周縁の文化のほうが、新しいものを生むとおもっています。
◎ジャーナリストの高野孟さんが出版された「世界地図の見方」という本に、世界地図を日本を下にして縦にして見てみると、日本はパチンコの一番下の受け皿のようなもの、と書かれている。
その受け皿に、パチンコ玉がユーラシアの上からシルクロードや海の道、あるゆるところの“クギ”を通り抜けて全部集まってくる、これは面白い見方だとおもった。
このアジア・オーケストラ・ウィークのようなフェスティバルの機会に、日本がアジアの人たちと並ぶことによって、ヨーロッパから伝わってきた文化の素晴らしさと同時に、自分たちの独自の文化こそ大事なもので、有意義なものであることに気づくかもしれない。そういう意味でもアジアのオーケストラってほんとに興味がありますね。
◎ヨーロッパの音楽が世界に広がるというのは合理的だからですね。
音楽にかぎらず、アジアの文化はとても非合理的なところが多く、それはけっして欠点でなく、豊饒さの表れだとおもう。その非合理的な文化を身につけている我われアジア人は、合理的な西洋音楽と非合理的なアジアの音楽の、どちらも使いこなし、楽しめる合理性をもっています。
そんななかで、お隣の韓国の人は、それをどのように表現するのか、ベトナムは、フィリピンはどうなのか、ということを、このようなフェスティバルで聞けるのはものすごくうれしいことです。そこで気づくことや驚くことは山ほどあると思いますね。
◎かつてブエノスアイレスの劇場(テアトロ・コロン)で、ヴェルディのオペラ「ファルスタッフ」を見聴きしたことがあります。
最初の音を聴いておどろいたのが、オーケストラが全く揃っていない(笑)。ごっちゃごちゃなんです。
けれどお客さんは、音楽が終わればブラーボ、ブラーボなの。これは喜んだほうが勝ちだと…(笑)、演出は楽しいし、歌手はいい、オケはどうしようもなかったけど、熱は感じられて、それでいいんだと。音楽っていうのは自分なりに楽しむ方法が山ほどあるんですよね。そして、あらゆる人々にあらゆる個性があって、それぞれに違うように、音楽もいろいろに楽しめるといえる。
とりわけ、ベートーヴェンはこうでなければ…などという伝統が存在しない周縁地域であるアジアは、いろんな音楽を豊饒に生み出す力を持っていると思います。
◎(参加オーケストラの)名前を見ているだけでも面白い。韓国にしても、今回のテジョン、以前にもプチョン、ソウルがきている、そういうオーケストラがそれぞれの都市にあると知るだけでも韓国に対する見方がかわります。
日中問題、日韓問題など、いろいろいわれますが、そういう政治や経済問題だけで(お互いを)語りたくないですね。プログラムを見ると、広州交響楽団は全部中国の作品で、大ヴァイオリニストのデュメイが中国のヴァイオリン曲を演奏するし、オペラチックな歌もあります(「ヴェールを取られたイリス」)。アジアならではの面白い曲ですね。
こういうのってかならず「中心」に戻って影響を及ぼすんですよ。中心だと思っているヨーロッパも、周縁のアジアから影響されないわけがないですよね。周縁であるアジアは時代の前衛を走っているんですから。 |