歌舞伎といえば『忠臣蔵』。文学全集といえば夏目漱石。どんなジャンルにも、絶対「売れる」「定番」というものがある。
オペラではもちろん『カルメン』か『椿姫』…といいたいところだが、日本のオペラの定番は、最近変化した。
野球といえば巨人…でなくなったように、時代は変わり、日本で最も人気のあるオペラといえば、どうやら『トゥーランドット』になったようだ。
理由は明らか。2年前のトリノ冬季五輪でフィギュア・スケートの荒川静香選手が金メダルを獲得。そのときに使われた音楽が、プッチーニ作曲の『トゥーランドット』で、テレビ中継に釘付けになった多くの日本人が、その美しいメロディを耳にしたからだ。
おまけに荒川選手が小泉首相(当時)と一緒にこのオペラを見たことがニュースにもなり、以来、日本での『トゥーランドット』公演は、満員の盛況。
とはいえ、その音楽は美しく、東洋的で、日本人に馴染みやすいのだが、ストーリーには少々首を傾げたくなるところがある。
舞台は北京。超美形の姫君(トゥーランドット)に、各国の王子や貴族が求婚に訪れる。が、その姫君は氷にように冷たい心の持ち主で、求婚者に三つの難問を出し、答えられなければ首を斬る。
そこへ西の国から一人の王子(カラフ)が現れ、難問を三つとも解く。ところが我が儘勝手な姫君は、なおも結婚を拒否。そこで王子は「明朝までに私の名前がわかれば、喜んでこの首を差し出しましょう」という。
姫君は部下を使って王子の名前の徹夜の捜索を開始する(このときカラフによって歌われる有名なアリアが『誰も寝てはならぬ』)。そして王子の従者の女(リウ)の存在を突き止め、拷問にかけて王子の名前を聞き出そうとする。しかし王子を愛しているリウは、拷問にも耐えて名前を口にすることなく、自害する。
王子は姫君を非難し、自らカラフという名前を明かす。姫君は父(皇帝)の前で「名前がわかりました」といったあと「それは”愛”です」と答え、氷のように冷たかった心の溶けたトゥーランドットは、カラフと結ばれて…メデタシメデタシ…
…と、いいたいところだが、それでいいの? リウの愛はどうなったの? 犠牲になってオシマイ? カラフは亡くなったリウをさっさと忘れてトゥーランドットと結ばれて平気なの? リウが可哀想すぎる…。
と思うのだが、プッチーニの美しいメロディと、たとえばフランコ・ゼッフィレッリが演出した超豪華絢爛な舞台のDVDを見れば、そんな疑問は吹き飛んで、「ブラヴォー!」と叫びたくなる。
しかし、そのあとやっぱり疑問は残る…。
いやはやオペラはやっぱり面白い。豪華絢爛な舞台と心に残る疑問。その落差が面白い。ただ感激するだけでは済まされない。いったいどういうこと? と何度も見直し聴き直したくなる。そしてまた美しい音楽に酔う。その繰り返し。だからオペラは一生飽きない。
豪華絢爛といえばニューヨークのメト(メトロポリタン歌劇場)の舞台が定番。『トゥーランドット』以外でも、豪華な舞台と悲劇の物語の「落差」…すなわち「オペラの楽しみ」が味わえる。
ちなみに荒川選手は、トゥーランドット姫の氷のように冷たい心が溶けて愛に目覚める様子を美事に表現した。が、あの美しいイナバウアーは、リウの愛と悲しみを表したものかも…?
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