コラム「音楽編」
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掲載日2005-03-08

この原稿は、1999年の4月から2年間にわたってJCBのPR誌『GOLD』に連載した音楽コラム『オタマジャクシはバッハの子』の第1回目に寄稿したものです。単行本化の予定もありませんので、当HPで、随時“蔵出し”していきたいと思います。

『プロの仕事』

 「おとうさんは、△△さんと仲良しなの?」 三人の子供たちが、まだ小学生だったころ、そんな質問をされて、苦笑いしたことが何度もあった。いや、いちばんうえの子供が高校生になったいまも、ときどきそういう言葉を浴びせられて、困惑することがある。

 「△△さん」というのは、プロ野球やJリーグの選手や監督であったり、TVタレントや女優やミュージシャンであったりする。職業柄そういうひとたちと出逢うのは当然で、一緒にテレビに出演したり、笑顔で並んでいる写真が雑誌に掲載されたり、当人から電話が入ったり、手紙が届いたりもする。

 ところが、それらの出来事は、子供たちにとっては驚嘆すべき「大事件」なのだ。いつも家でダラシナクしているグータラ親父が「有名人」と何らかの関係がありそう・・・というのは、「要チェック事項」なのである。

 子供たちの素朴な疑問に対する回答は、つねに難しい。が、この「△△さんと仲良しなの?」という質問に対する答えは、さほど困難ではない。「仕事でのお付き合いだよ」その一言で、済ますことができる。まあ、個人的な親交にまで発展している人物もなくはないが、そんなことまで子供に詳しく説明する必要はない。
 にもかかわらず、子供が「△△さんと・・・」というたびに、苦笑いして少々困惑するのは、別のことが思い出されるからである。

 マスコミで仕事をはじめたばかりのころ、「有名人」にインタビューをしようとするたびに、担当の編集者から次のようにいわれた。「ありきたりのインタビューなんかしてくるんじゃないぞ。約束の時間は1時間でも、その1時間を使って相手に気に入られるようにしろ。そして、一緒に酒を飲む仲になれ。金なら、出してやる。一緒に酒を飲んで、本音を聞き出すんだ・・・」

 わたしは、この言葉が信じられなかった。
 わずか1時間のあいだに、「一緒に酒を飲む仲」にまでなれるものか? たとえそういう「仲」になれたところで、「本音」まで話してくれるものか?
 テーマが野球やサッカーにしろ、音楽や映画にしろ、政財界の動向にしろ、性風俗業界の現況にしろ、「一緒に酒を飲む仲」になったところで、出逢ったばかりの男に対して「本音」を話してくれるとは、断じて思えなかった。もしも、そういう人物がいるならば、それは相当に軽薄な人物か、マスコミを利用しようと企んでいる策士にも思える。

 むしろ「酒を飲む仲」にならず、真摯な態度で理にかなった質問をぶつけたほうが、きちんと「本音」の回答が返ってくるのではないか。筋道の通った質問に対してまっとうな回答を口にできないような人物は、所詮はその程度の人物である。「一緒に酒を飲む仲」になったところで、くだらない「本音」しか聞くことはできないだろう。ならば「一緒に酒を飲む仲」になる必要などない・・・。
 まだペイペイの駆け出し時代に、直感的に選択したその取材態度は、いまも正しいものと確信している。マスコミで仕事をして二十年以上を経た現在、経験的にも正しかったと、ひそかに自負してもいる。

CD

『ブラームス : ピアノ協奏曲 第1番ニ短調作品15』

『ブラームス : ピアノ協奏曲 第1番ニ短調作品15』

 音楽がテーマの連載エッセイで、こんなエピソードを紹介したのは、最近、ピアニストのグレン・グールドと指揮者のレナード・バーンスタインが1962年に協演した、ブラームスの『ピアノ協奏曲第1番』のライヴCDが発売され、その演奏を聴いたからである。

 この演奏会は、グールドとバーンスタインという二人の天才音楽家が「ケンカ別れした」きっかけとなった「事件」として、長いあいだ「伝説的」に語り継がれてきた。というのは、演奏会のはじまるまえにバーンスタインが舞台に登場し、「演説」をしたからである。

 「今日、これからおこなう演奏は、じつは、わたしのやりたい演奏ではない。テンポや強弱など、すべてピアニストのグールドの意見にしたがっておこなうものであり、この演奏に、わたしは責任を持てない。その点を、あらかじめお断わりしておきたい・・・」
 これは、わたしが、音楽雑誌等の紹介記事で読んで記憶している「伝説の演説」である。

 この「事件」は、大のバーンスタイン・ファンであり、大のグールド・ファンでもあるわたしにとって、じつに悲しい出来事だった。いや、あらゆる音楽ファンにとって、残念な出来事だった。
 独断的といえるほどに先鋭的で、革命的といえるほどに斬新な演奏を身上としている二人の音楽家が、意見の相違でぶつかるというのは理解できなくもない。が、バーンスタインの「演説」は、あきらかに「責任のがれ」であり、少々卑怯にも思えた(いやなら、協演しなければいいのだ)。また、グールドのやり方も、相当に嫌味なものに思われた(「伝説」では、彼は、このとき、ピアノの楽譜ではなく、オーケストラの総譜を広げ、指揮者のような態度で演奏したという)。

 この「事件」は、ふたりの天才音楽家にとって、「キズ」として語り継がれ、多くの音楽ファンを嘆かせてきた−−。
 ところが、当時の演奏会の録音CDを聴いて、すべてが氷解した(CDにはバーンスタインの演説も、それに対するグールドの感想を述べたインタビューも録音されている)。

 わたしは、バーンスタインの演説を聞きながら、何度も吹き出した。なんと見事なサービス精神にあふれた素晴らしいスピーチか!
 バーンスタインは、たしかに「グールドの演奏に賛成できない」といっている。が、では「なぜ自分が指揮を降りないのか?」という疑問に対する回答も、的確に語っている。「協奏曲では、Who is Boss?(誰が主人なのか?)独奏者か? それとも指揮者か?」というおもしろい問題提起とともに、「グールドの演奏には、驚くべき新鮮さと説得力をもって迫ってくる瞬間」があり、「音楽に必須の戯れの要素」(sporting elements)もあるから・・・と語っている(詳しくはCDで直接聞いてください)。

 この演説の最中、客席は何度も爆笑につつまれ、グールドも、舞台の袖で聞きながら、笑いをこらえ切れなかったという。
 「伝説」は、スキャンダルの好きなマスコミ(批評家?)によって「演説」の真意がねじ曲げられ、二人の天才の「仲違い」として、おもしろおかしくデッチあげられたものだったのだ。バーンスタインとグールドは、ジャケット写真でもわかるように、また、なにより見事な演奏を聴いてわかるように、「仲が悪かった」のではなかったのだ。

 ・・・とはいえ、新たな疑問が浮かぶ。
 だったら、バーンスタインさんとグールドさんは、仲良しなの・・・?
 子供のよくする問いかけを自分も発したくなる。では、その答えは?「仕事でのお付き合いだよ・・・」やっぱり、そう答えるほかあるまい。
 そうなのだ・・・。「仕事」だけでも、ここまで「素晴らしい演奏(お付き合い)」ができるものなのだ。これが、「プロの仕事」というものにちがいない。おれは、まだまだ甘いな・・・。

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