コラム「音楽編」
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掲載日2005-04-18

前回前々回、前々々回に引き続き、JCBのPR誌『ゴールド』に2年間(1999〜2000年)にわたって連載したコラム『オタマジャクシはバッハの子』からの“蔵出し”です。今回第4回は、浅草オペラがテーマです。

日本人の遊び心

 日本人は働きすぎ。遊ぶのが下手。日本人はマジメ――。
 日本人は・・・という話題になると、必ずそんな結論になる。
 それはちょっと違うんじゃないか・・・。何年か前、ふとそんなふうに思ったのは、確たる根拠があったわけではなかった。

 能、狂言、歌舞伎、生け花、茶の湯、浮世絵、読み本、それに数多くの祭りなど、数えあげれば、あっという間に日本人の創造した「遊びの文化」が思い浮かぶ。おまけに「遊びをせむとや生まれけん、戯れせんとや生まれけむ」という歌が、12世紀の平安時代という“大昔”に早くも作られている。

 日本人は、本当は遊びが大好きな人種じゃないの? 遊びが抜群に上手い民族じゃないの?
 そんな思いが確信に変わったのは、「運動会」に関する資料を調べたときのことだった。
 改めて考えてみると、運動会とは、じつに奇妙なイベントである。パン食い競走とはいったい何を競う競技なのか? スプーン・レースや大玉転がしは、いったい誰が何のために考え出したのか? 騎馬戦や棒倒しは? どうして仮装行列などというものがあるの?

 こんな奇妙なスポーツ・イベントは、外国には存在しない。日本のオリジナルである。そこで運動会のルーツを調べてみると、おもしろいことがわかった。
 日本の運動会は、明治29年に初代文部大臣の森有礼が文部省令を発したことに端を発している。森文部大臣は、横浜の外国人租界地で陸上競技会を見物して体育教育に有効と判断し、全国の小中学校で運動会を催すよう訓令を発したのだった。が、命令を出されたほうは、大いに困惑した。

 なにしろ教育制度が定まったばかりで、まだ運動場すら整備されてない時代である。困った学校関係者は、いくつかの学校で話し合い、合同で神社や寺の境内を借り、運動会を開催することにした。
 が、そうなると生徒がただ競走するだけでなく、氏子や檀家も参加できるような競技を考える必要が生じた。今日の言葉でいうなら「住民参加」である。そこで考え出されたのが、パン食い競走や大玉転がしだったのだ。

 そのうえ、どうせ神社やお寺でイベントを行うなら、夏祭りか秋祭りも同時にやれば、ということになり、中央に櫓を組み、盆踊りや豊年満作踊りを踊るようになった。これがフォークダンスのルーツなのだ。
 現在でも、運動会となると、なぜか母親は腕をふるって豪華な弁当を作りたがるが、それは、運動会が祭りと一体化した歴史があるからなのだ。

 一方、当時は自由民権運動が激しく弾圧された時代で、自由民権の志士たちは集会を開けなくなっていた。そこで「最近流行の運動会なら弾圧されないだろう」と思った志士たちは、「壮士運動会」と称するイベントを開催し、そこで「政権争奪騎馬戦」「圧政棒倒し」「自由の旗奪い合い」といった競技を創り出した。

 さらに、その合間にデモを行い、民選議会(国会)の設立を訴えたり、薩長藩閥内閣の打倒を叫んだりした。そのデモンストレーションが、後に仮装行列に変わったのである。
 それら二種類の運動会が混ざり合い、現在の運動会に発展したのだが、この運動会の歴史は、日本人の豊かな遊び心が創りあげたもの、といえるのである。

 もうひとつ、近代(明治時代)以降の日本人の遊び心を示すものに、「浅草オペラ」がある。「オペラ」というと、ちょっと高級なもの、教養がなければ楽しめないもの、というイメージが、いまもつきまとっている。が、かつては、そうではなかった。
 大正時代に浅草を中心に大流行した「オペラ」は、娯楽の少なかった時代の大人気イベントとして、モボ(モダン・ボーイ)やモガ(モダン・ガール)だけでなく、大勢の老若男女が劇場に押しかけたという。

 ビゼーの『カルメン』、ドニゼッティの『愛の妙薬』、ロッシーニの『セビリヤの理髪師』、ヴェルディの『椿姫』『リゴレット』、それにスッペの『ボッカチオ』やマスカーニの『カヴァレリア・ルスティカーナ』(田舎の騎士道)などが日本語で上演され、押すな押すなの大盛況だったという。

 しかも、それらのオペラは、「正統的なオペラ」として上演されることもあったが、多くは、日本風にアレンジされたり、パロディ化されたりしたうえ、フランス風のショウである“レビュー”や、現在の吉本新喜劇につながるドタバタ喜劇、宝塚歌劇につながる少女歌劇などと同列に扱われ、観衆の大喝采を博したというのだ。

 『カヴァレリア・ルスティカーナ』を『バカデスナ・スカナイナ』とタイトルを変えて上演したり、登場人物の「ベアトリーチェ」を「ベアトリ姉ちゃん」と呼ぶなど、日本で初のグランド・オペラを成功させようという前衛的で真剣な気持ちと、ギャグ精神の同居は、じつに見事というほかない。

 最近、CDとして復刻されたアルバム『浅草オペラ 華ひらく大正浪漫』を聴いてみても、素晴らしいアリアの熱唱があるかと思うと、オペラもイタリア民謡(フニクリ・フニクラ)もごっちゃにしてくっつけたドタバタ歌唱もあり、いったいどこまでが「本気」でどこからが「冗談」か、面食らってしまう。

 しかし、これがオペラ、これこそオペラ、なのだ。
 そもそもオペラとは、楽しいものであり、面白いものであり、けっして難解なものでもなければ、高級なものでもない。筋書きは、ほとんどすべてが男と女のホレタハレタの物語であり、浮気や不倫、裏切りや失恋の連続である。音楽も、そんな人間模様の喜怒哀楽を表現しただけにすぎない。
 それだけに、子供には理解できず、大人しか楽しめないもので、だから「難しい」とか「高級」という誤解も生じたといえる。

 が、そんなオペラの面白さ――オペラの核心を、はじめてオペラと接した日本人は、豊かな遊び心と鋭い感受性で見抜き、自分たち(日本人)のものに消化し、表現した。それが浅草オペラなのだ。
 まったく残念なことに、浅草オペラは、わずか数年で興行上のさまざまなトラブルから下火となり、その後、日本のオペラは、「歌手」の世界から「音楽大学」の世界へ、「芸人」たちの手から「芸術家」たちの手へと移った。そして、高級で近寄りがたいものというイメージがつくりあげられてしまった。

 《芸術といわれて困る鴈治郎》 そんな川柳が生まれた背景には、歌舞伎という「遊びの文化」の長い歴史がある。歌舞伎は、日本人の遊び心が生み出したものであり、けっして「お高くとまった芸術」などというものではない、という大衆の自負がある。が、輸入モノで歴史の浅かったオペラは、残念ながら「芸術」になってしまったのだ。

 そういえば、明治時代の文明開化でアメリカから入ってきた野球も、日本人の遊び心にマッチして大人気を博した。が、そのとき、野球を「刻苦勉励の精神修養の技」にしてしまったのは、当時の超エリートたちが通う第一高等学校(現在の東京大学)の学生たちだった。
 エリートたちは、ほんとうは自分たちも遊んでいるくせに、「遊び」を自分たちで独占したいため、何かと屁理屈をこねて、それを難しいものにし、大衆から切り離そうとしたがるもののようだ。

 だまされてはいけない! オペラは面白いもの、なのだ。
 ワーグナーの作曲した『ニーベルンクの指環』は、ニーチェの永劫回帰の思想を具現化し、上演に14時間もかかる超大作楽劇といわれたりもする。が、一言でいうなら、じつは、ジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ』のようなものなのですよ。

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