正直に言って、私は、西宮市民の皆さん、兵庫県民の皆さんに、激しく嫉妬しています。というのは改めて言うまでもなく、PACと県立文化芸術センターがあるからです。
こんなに素晴らしいホールで、素晴らしいコンサートが、毎月、毎週のように行われているとは、なんと素晴らしいことでしょう。
先日、関東で暮らす私は、大阪で仕事があったついでに足を伸ばし、下野竜也さんの指揮するPACオーケストラで、ドヴォルザークの『交響曲第七番』とプロコフィエフの『ヴァイオリン協奏曲第二番』(独奏はシン・ヒョンス)を聴きました。さほど有名でなく、人気があるとも言えない楽曲の演奏会にもかかわらず、場内は満員。熱気に包まれるなかでの演奏に、大いに興奮させられました。
PACの会場では、いつも、音楽が大好きで、熱心な聴衆の多いことに驚かされます。それは、クラシック音楽をよく知っている、という意味とは少し違います。
何年か前、佐渡裕さんがマーラーの『交響曲第六番』を指揮したとき、最終楽章で打楽器奏者が断頭台のような場所へ梯子を登って立ち、デッカイ木槌を振り下ろして、ドスン!と大きな音を打ち鳴らしました。そのとき場内の聴衆の多くは(オバサマやオジサマ方は)吹き出して笑ったのです。何を大袈裟な……と。
それは自然な反応でした。が、二度、三度と、ドスン!と激しい音が響くと、笑う人はなくなりました。それは、恐ろしい音――マーラーの企図したとおりの人生での大きな挫折――として聴衆の胸に届いたのでした。
10年前にPACが誕生して以来、このように、どんな音楽でも素直に、ありのままに受け入れる聴衆が大勢生まれたからこそ、PACでは今日も素晴らしい演奏会を繰り広げることができる、ともいえるでしょう。
オペラ『蝶々夫人』の最終幕の客席では、ハンカチで涙を拭う大勢のオバサマ方を目にしました。『メリー・ウィドウ』や『こうもり』では、ここはNGK(吉本なんばグランド花月)かと疑うほどの大爆笑に包まれました。そして今年1月、震災十周年を記念したマーラーの『交響曲第二番復活』の最終楽章の大合唱が響いたときは、私自身も溢れ出る涙を止めることができませんでした。
これほど音楽と直接的に、ナマで、素直に、接することのできる場所(ハードウェア)と演奏(ソフトウェア)が、一体化しているところを、私は、他に知りません。
今シーズン(2015年9月〜)も興味深いコンサートは目白押しです。
PACオーケストラ定期演奏会の幕開けは『春の祭典』。これは佐渡裕さんが大得意にしている大爆発祝祭音楽で、どんな大爆発を聴くことができるのか、今から楽しみです。
ほかにも、ダニエル・ハーディングさんが初めてPACオケの指揮台に立つことには、今から胸がわくわくします。やはりPAC初登場のドミトリー・キタエンコさんが得意のオール・ロシアン・プログラムを披露してくれるのも楽しみです。
が、今シーズン最大の聴き物は、何と言っても佐渡裕さんの指揮するベートーヴェン『交響曲第九番』でしょう。佐渡裕さんはPACのオープニングで『第九』を披露したあと、封印されました。それが十年の歳月を経て、再び解き開かれるのです。はたして、どんな第九の響きが溢れ出てくるのか……。
私は、西宮市民の皆さん、兵庫県民の皆さんを、本当に、うらやましく思っています。 |