「ちょっとオモロイモンがほしいな」
大船にある馴染みの寿司屋でそういうと、大将は、少し苦笑いしながら「へい」と返事をして、アジや甘エビを大葉とゴマと海苔で巻き寿司にしてくれたり、山葵だけを刻んで巻いてくれたり、マグロを炙ってたたきにして握ってくれたりする。
その味は絶品で、わたしはその店を知って以来、他の寿司屋には足を運ばなくなった(客が増えすぎると困るので、その店の名前はお教えできません。悪しからず)。
もっとも、最初のうちは、「オモロイモン」という関西弁が通じなくて困った。
「オモロイモンといわれても…」と困惑する大将に向かって、わたしもそれ以上の言葉が見当たらず、「正統的ではなくて、でも、正統的なもの以上に美味しいヤツを…」とかなんとか説明をした。関西弁で「オモロイモン」というと、「オカシナもの」という否定的な意味よりも、「興趣が面白く」「絶妙な」といった肯定的なニュアンスのほうを強く含むのである。
たとえば、美空ひばりがオペラのアリア(プッチーニの『トスカ』の「歌に生き恋に生き」)を歌ったビデオ(黛敏郎が司会をしていたときの『題名のない音楽会』の特番を収録したもの)がある。これなんぞ、最高級の「オモロイモン」である。
原曲よりも1オクターヴ低くして、日本語で歌っているのだが、さすがは美空ひばり。「ひばり節」ともいうべきコブシを効かせた歌い方で、プッチーニの音楽を完璧に自分のものにしていると同時に、泣きながら訴えるオペラの主人公(トスカ)の心を余すところなく表現し、聴く者の心を鷲掴みにする。
♪私は、歌をうたい、恋に生きてきただけなのに、どうして、こんなにつらい目に遭わなくてはならないのでしょう…。
オペラ歌手が美声を張りあげ、楽譜に忠実に歌っても、ここまで聴き手の心を揺さぶることはできない。たしかに、ひばりの歌い方は正統的ではない。が、このオモロサこそ、絶妙な音楽の味わい、歌の妙味といえる。
こういうものを聴いたとき、関西弁では「オモロイ!」というのである。 |