コラム「音楽編」
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掲載日2006-01-23

本来ならば、JCBのPR誌『ゴールド』に2年間(1999〜2000年)にわたって連載したコラム『オタマジャクシはバッハの子』の第24回目(最終回)の“蔵出し”となるところですが、今回は特別に今年1月13日にオペラシティ・タケミツホールで行われた『山下洋輔のニューイヤー・コンサートSUDDEN FICTION』に寄稿した文章を“蔵出し”します。ナンヤラカンヤラにも書いたとおり、このコンサートのパンフレットに初回から(年1回ですが)連載させてもらってるのは、小生にとって最高の栄誉であります。お楽しみ下さい。

「原点回帰」の「山下洋輔ニュー・イヤー・コンサート2006」に贈る新春お笑い寄席
新作古典落語『人生振出双六』

 テケテンテンテレツクテンテン・・・。一席お付き合いの程をよろしくお願い申しあげます・・・。
 「元旦は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」そんな三十一文字がありますが、数え年で歳を勘定したときには皆が一緒に歳をとったもんです。それにちょっと似た歌で、「初春に凧揚げ追い羽根福笑い笑えないのが人生双六」というのもあります。

 たしかに双六というヤツはなかなかの曲者(くせもの)でして、賽子(さいころ)を振って駒を進め、最後の「上がり」まで到達できたらええのんですが、これがなかなか思うようにはいきまへん。

 「四やでヨンやで。あと四が出たら上がりや。フォオオオー!」と賽(さい)を振ったところが三の目が出て「アッチャー、振出(ふりだし)に戻るやァ」てなことになる。そんなところが人生に似てるのか、子供だけやのうて大人も熱が入ったものです。

 近頃は双六なんか誰もやっとらんで、と思われるやもしれませんが、紙と賽子がコンピューターとコントローラーに変わっただけのことでして、『マリオ』も『ドラクエ』も『F・F(ファイナル・ファンタジー)』も全部双六の一種といえます。

 それに『モノポリー』とか『人生ゲーム』なんて遊びも根強い人気がありますが、これも双六みたいなもんです。最近では『人生ゲームM&Aバージョン』なんてのも出来たそうで「M&Aでオーナーになったら企業価値を高めて敵対的買収から守り抜け!」なんて宣伝文句に書いてある。ヒルズ族のお子さん方は「千株、時間外取引!」なんていいながら、お正月にやってはりまんのやろか。恐ろしい話です。

 『枕草子』に「つれづれになぐさむもの、碁、双六、物語」などと書かれ、『源氏物語』の『常夏』の巻にも内大臣の御姫さんが双六に興じる様子が描かれてるくらいで、双六の起源は古代インドの『涅槃経(ねはんきょう)』に出てくる遊びまで遡(さかのぼ)るといいます。それが西洋へ渡ってバックギャモンになり、中国朝鮮半島を通って六世紀の武烈天皇のときに日本に伝わりました。「スゴロク」という言葉も朝鮮語で「六の二倍」で「賽子が二つ」という意味の「サング・リョク」が訛(なま)ったもんやといいます。

 双六は『日本書紀』とか『延喜式』なんていう古い文献にも出てくるんですが、それが皆「高下(こうげ)を論ぜず一切禁断」などと書いてある。身分の上下にかかわらず一切やったらアカンというんですが、双六は基本的に賭博として楽しまれたんで、皆が熱中しすぎて仕事にならんので禁止されたんですな。結婚も賭・・・と誰がいうたか知りまへんが、英語のウェディングの元のラテン語ウェドゥオーモは「賭の対象」という意味やそうです。

 それはさておき、徳川時代になって世の中が平和になりますと、双六賭博のほかに「絵双六」という遊びが生まれます。お江戸日本橋を発ち、追い剥ぎやら雲助やら大井川の洪水やらで足止めを喰いながらも京の三条大橋まで到達したら「上がり」という『東海道中双六』やら『伊勢詣双六』『西国八十八箇所御遍路双六』なんてのが出来ます。

 明治に入るとさらに種類が増えまして、足軽から関白にまでなる『太閤双六』、三等水兵から連合艦隊司令長官にまでなる『帝国海軍双六』、戦後になりますと『東大合格双六』『マイホーム双六』なんてもんから『シロガネーゼ・セレブ双六』『女子アナ合コン双六』なんてのがあったかどうかは知りまへんけど、双六が人生に似てくるのんは必然かもしれません。

 そんななかで明治時代に『人生振出双六』なんてケッタイナもんが出現しました。作ったのは蔦屋任天(つたやにんてん)。現在の任天堂とは関係ないそうですが才気煥発の人物で『結婚双六』『金満双六』『宰相双六』『帝大双六』等々、いろんな種類の絵双六をヒットさせました。

 ところがこの任天さん、双六にはオカシナところがある、とハタと気づいたんですな。結婚にしろ帝大合格にしろ、はたまた金持ちや宰相になったところで、はたしてそれが「上がり」といえるんかどうか、と頭を悩ましたわけです。ひょっとしてそれらはすべて出発点、つまり人生の新たな「振出」ではないか・・・。

 そらマア人生のホンマの「上がり」となりますと、南無阿弥陀仏になってしまうわけで、実際江戸時代には『仏法浄土双六』なんてのもありまして、浄土で阿弥陀如来さんまで辿り着いたら「上がり」なんですが、はたしてそれが喜べるもんかどうか・・・。そもそも世の中で喜ばれる出来事、祝われる出来事というのは皆「振出」ばっかりやないか・・・。

 そこで任天さん、「上がり」が「振出」となる双六を作りまして、これぞ究極の双六として売り出した。「さあ、あと四が出たら振出や! 上がりよりも振出がエエんやでぇ。四やで、四やで。運を天に任して・・・出たぁ!フォオオオー! 振出に戻るや! ヤッタァー! また双六がやれるぅ!」

 と、わけがわからんもんでして、その双六がどんだけ売れたんかは知りまへんが、大学でニーチェを教える哲学科の先生方やワーグナーの好きな音楽家の先生方なんかにはエライ人気が出たそうです。また、自殺願望者に対するカウンセリングに使われたりもしたそうで、人生とはこんなもんや、何遍も振出に戻ってやりなおすもんやと諭(さと)す道具に使われたとか。

 この『人生振出双六』を、去年の夏、ヤマシタヨースケとかいうお人が立川にある骨董屋で発見しまして、「ユリイカ!」と叫んだかどうかは知りまへんが、ヨッシャ、来年のニューイヤー・コンサートはこれでやってこましたろ・・・振出に戻るんや・・・原点に帰るんや・・・と思うたかどうか・・・というところで、ちょうどコンサートの「振出」の時間となりました。これで「上がり」にさせていただきます。おあとの音楽がよろしいようで・・・。てけてんてんてれつくてんてん・・・。

*****

 今期(第4期)の「玉木正之のスポーツジャーナリスト養成塾」では、下記のような入塾試験を実施しようかな、と思っています。入塾希望者は、模擬試験のつもりで挑戦してみてください。

(問)
『人生振出双六』の文章を読んで、どこが「ホント」で、どこが「ウソ」か、「ウソ」と思う部分の文章の横に赤線を引きなさい。

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