「ブオンジョールノ・プリンチペッサ!(こんにちは、お姫様)」
この台詞はもちろん、ロベルト・ベニーニの傑作映画『ラ・ヴィタ・エ・ベッラ(ライフ・イズ・ビューティフル)』からパクッタものである。
歌手のフィリッパ・ジョルダーノさんに初めて逢ったとき、最初になんと言おうかとさんざん迷ったあげく、こんなクサイ台詞を思い出した。そして、その言葉を口にすると・・・。
「グラーツェ。ブオンジョールノ」
軽く気取って会釈を返してくれたフィリッパは、まさにベニーニの映画にそのまま出てきそうな、可憐でノリのいいイタリアーナだった。
「あなたは歌手だけど、イタリア人ですからね。今日は、何の話題でインタヴューさせていただきましょうか? ペペロンチーノの作り方について? それとも、セリエAのカルチョ(サッカー)について? ナカタはご存じですよね?」
「シイ」(もちろん)」
「それとも、やっぱり歌の話題にしましょうか?」
「そう・・・。最初はペペロンチーノの話にしましょう(笑)。カルチョと歌は、その次に。私は料理が大好きだから。作るのも。食べるのも。私は、いくら食べても太らない体質なんです。ええ。チョコレートでもなんでも、いくら食べても太らないの。いいでしょう(笑)」
この会話の弾み方は、予想通りだった。
彼女の素晴らしい声は、「百年に一度の歌声」とか「21世紀のマリア・カラス」などと評されている。が、その歌い方は(ギリシア人の大オペラ歌手とはまったく異なり)、じつにチャーミングで、いくら気取っても、嫌味がない。オペラのアリアをポップス調にアレンジした歌も、わざわざオペラを選んだのではなく、イタリア人なら知っていて当然、歌って当然、というナチュラルな感覚が漂っている。
そして、クラシックのオペラだと構えたところなど微塵もなく、自由自在に歌いこなしている。
確かに彼女は「ディーヴァ(歌姫)」ではある。が、可憐な庶民派の歌姫である。もっとも、それも当然のことかもしれない。オペラとは、もともと堅苦しい気取ったものではなく、イタリアの庶民の文化なのだから。
彼女はペペロンチーノの作り方(スパゲッティの美味しい茹で方)についてひとしきり話してくれたあと、中田は魅力ある選手だと語り、そして、役者で歌もうたっていた両親につれられて田舎を旅した子供時代に、ほとんどのオペラのアリアは憶えてしまった・・・と、生まれながらの歌手人生について話してくれた。
じつに、キュートな歌姫である。イタリア生まれでイタリア育ちのイタリア人にしか不可能な歌い方。彼女の艶やかで滑らかな歌声を聴くとき、わたしは、バローロの赤ワインを飲みながら、ほどよくアリオ(ニンニク)の効いたペペロンチーノを食べているような、絶妙な幸福感に浸るのである。 |