PACオーケストラ(兵庫県立芸術文化センター管弦楽団)の定期演奏会に足を運ぶと、見慣れた顔に出逢うことが多い。
このオバサンたちとは先月のコンサートの時も……。このおじいさんとは何ヶ月か前のコンサートで……いや、去年のオペラの時だったか……。
お互いに思わず軽く会釈したあと、誰だったか……と首をひねり、名前は知らないけど、大ホールのロビーで何度かお会いした人だと気づくことも少なくない。
PACも創立11年目を迎え、さらに「顔見知り」の人との出逢いも増えることだろう。
考えてみれば、そのように出逢う人々――つまりクラシック音楽ファンとは(私も含めて)、かなり貪欲な趣味の持ち主と言う他ない。
一言で「クラシック音楽」と言っても、16〜17世紀頃のバロック音楽、18〜19世紀初期の古典派音楽、19世紀のロマン派音楽、20世紀の新古典主義音楽、そして現代音楽(コンテンポラリー・ミュージック)と、種類は様々。
地域によっても、ロシアの国民音楽、フランスの印象派音楽、イタリア・オペラ、スペインや東欧などの民族系音楽、そして世界各地の音楽……と、じつに多種多様。
ということは、クラシック音楽ファンというのは、演歌もロックも、ジャズもAKBもレディ・ガガも……すべてが好きな音楽ファンみたいなもの、とも言えそうだ。
それは、けっして悪いことではあるまい。狭い世界に閉じこもるよりも、広い世界を飛びまわるほうが楽しいに決まっている。クラシック音楽とは、そんな広い世界を体験させてくれる音楽のことなのだ。
PACオケの2016〜17シーズン定期演奏会のプログラムも、そんな広い世界が大きく広がっている。
初めてPACの指揮台に立つロシア人指揮者のヴェデルニコフ氏がチャイコフスキー(ロココ風の主題による変奏曲)とショスタコーヴィチ(交響曲第10番)というロシアのロマン派音楽と現代音楽を聴かせてくれれば、これまた初登場のフランス人指揮者パスカル・ロフェ氏は、20世紀フランス音楽の作曲家ラヴェルの華麗なサウンド(クープランの墓、ピアノ協奏曲)を響かせ、オーケストレーション(管弦楽法)の達人と言われた彼ならではのオーケストラの音の洪水(ムソルグスキー作曲ラヴェル編曲『展覧会の絵』)を聴かせてくれる。
そしてこれまで登場のたびに、モーツァルトやメンデルスゾーンの交響曲で興味深いプログラムを並べてくれたイギリス音楽界の重鎮、90歳を過ぎて矍鑠たるサー・ネヴィル・マリナー氏は、モーツァルト(交響曲39番)ベートーヴェン(同1番)ブラームス(同4番)の3曲で、ドイツ音楽の王道を辿ってくれる。
さらに我らの音楽監督佐渡裕さんも、PAC初登場の女流チェリスト藤原真理さんとハイドンのチェロ協奏曲(第2番)を聴かせてくれるうえ、ベートーヴェンの交響曲第6番『田園』に初挑戦。『田園』を初めて指揮というのも少々驚きだが、3番『英雄』5番『運命』7番9番『合唱』と、ベートーヴェンの力強さには定評があるマエストロが、はたしてどんな優しい(?)『田園』を描いてくれるのか? 今からドキドキワクワクである。
シーズンの初日はブルックナーの最後の大作、遺作となった(第4楽章が未完に終わった)『交響曲第9番』で幕を開ける。
以前はマーラーとブルックナーの音楽は、同じ後期ロマン派の音楽でも「水と油」とも言われ、どちらも指揮する指揮者は珍しかった。佐渡さんの師匠であるレナード・バーンスタインもマーラーの交響曲は全曲何度も指揮し、録音もしたが、ブルックナーの指揮は『6番』と『9番』だけとか。
バーンスタイン指揮の『9番』は、まるでマーラーの交響曲のように濃密な響きのウィーン・フィルとの録音が残されているが、弟子のマエストロは、どんなブルックナーの世界を響かせてくれるのか……。
まだまだ他にもPACの音楽の世界は広がっている。この広大な世界が一つのホールのなかに収まっていること自体、それは奇蹟的な出来事と言うべきだろう。 |