「1964年10月10日午後2時。いよいよ選手団の入場であります」
そのとき私は小学6年生。以来全ての五輪の開会式をテレビで見てきたが、一度目の東京大会ほど美事な開会式はなかった。
人間ロケットが空を飛ぼうが、弓矢が聖火を灯そうが、女王が飛行機からダイヴしようが……、真っ青の空の下、世界の若者たちが鮮やかな衣裳を身に纏い、胸を張って堂々と行進した姿ほど美しいものはなかった。
それを小さな電器屋の店頭のカラーテレビで見た私は、周囲の20人ほどの大人たちが、全員笑顔で涙を流していたことを今も強烈に憶えている。
それは終戦後、わずか19年目の出来事だった。
そんな体験のせいか、今回のパリ五輪の開会式も特に感慨は湧かなかった。陽気な若者たちを乗せた船が、美しいパリの街並みを背景に次々とセーヌ川を航行し、多くの有名アーティストが河岸や橋上で歌い、踊る。
史上初のスタジアムを離れた開会式もこれだけか……と思った次の瞬間、息を呑んだ。
川の上のステージで、女性歌手がピアノをバックに、ジョン・レノンの『イマジン』を歌い出したのだ。
《みんな、想像してほしい。国なんて存在しない。宗教も存在しない。すべての人々が平和に暮らす世界を想像してほしい。そうして世界は一つになるんだ……》
この歌は「今後オリンピックの開会式で、必ず歌われる」という。
「凄い!」と、私は思わず声をあげた。金権商業主義のオリンピック関係者の誰がこの歌を採用したのかは知らない。
が、この歌詞を参加者全員が……ロシアの選手もウクライナの選手も……イスラエルの選手もパレスチナの選手も……アメリカの選手も中国の選手も……全員、声を揃えて歌うようになれば、オリンピックの唱える平和は、初めて実体を伴ってくるだろう。
アスリートの力も歌の力も、小さくないのだから。
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