アクラフネコ ♪メーモリィ〜……ニャニャニャ・ニャニャニャ〜……
マクビーネコ ニャーゴ! 歌ぐらいマトモに歌えよ。でないと、ゴミの中で暮らしてる俺達都会の猫の気持ちが、ますます落ち込むじゃニャいか……。
アクラフネコ ごめんごめん。けど、ミュージカルってのは、ニャンとも苦手だぜ。甘ったるいメロディは、どうも性に合わねえ……。
マクビーネコ そうだニャア。8ビートや16ビートとは言わないけど、せめてアフター・ビートで……。
アキコネコ ♪Memory turn your face to the moonlight……
アクラフネコ ニャニャニャンダ!? おまえは、どこから来たんニャ?
マクビーネコ 綺麗な歌声だけじゃニャく、綺麗な身ニャりで、ヴァイオリン・ケースまで抱えて……場末の塵溜めニャー、ニャーわないお嬢さんだニャー……。
アキコネコ このあたりにヨースケネコさんがいると聞いて、訪ねてきたんですが……。
アクラフネコ ニャ、ニャ、ニャニイ!? ヨースケネコは俺達のボスだけど、ボスは、ヴァイオリン・ケースを持ったお嬢さんネコなんかと、別世界に生きてるフリージャズネコにゃんだぜぇ。
アキコネコ でも……ヨースケネコ・オジサンは、子供の頃ヴァイオリンを習って、バッハも弾いていたと聞きましたけど……。
アクラフネコ こりゃ、まいったニャア。オジサンかぁ……。おまけにバッハかぁ……。
マクビーネコ そのことなら俺も、少しは聞いたことがある。ボスは、子供の頃ヴァイオリン・ケースを持って歩くのが、ニャンとも恥ずかしかったそうだ。
アクラフネコ そりゃそうだ。男の子ネコがジャズやロックではなくクラシックに手を出すニャんて、考えられニャい。そんなのはまるで、オタマジャクシに忠実なイヌの話だ。
マクビーネコ そうそう。堅苦しいイヌ連中の音楽ならショパンの『子犬のワルツ』なんてクラシックもあるけど、俺達ネコはインプロヴィゼーションが基本。ジャズが基本。
アキコネコ あら、そうかしら。いま、そちらのお兄さんが、♪メ〜モリ〜……と歌っておられた歌は、ラヴェルの『ボレロ』のメロディの出だしを使った歌じゃないかしら。
アクラフネコ ニャニャニャンと!! 『ボレロ』ならヨースケ兄ぃもやってるぜ。
マクビーネコ そういやロイドウェッバーネコは『オペラ座の怪人』でもドビュッシーの音楽をパクッてたけど、そもそもミュージカルの世界はクラシックのイヌの世界に近いからニャァ。
アキコネコ でもクラシックにも、ロッシーニの『愉快なネコの二重唱』なんて、ネコの鳴き声だけで歌にした音楽もありますよ。それにルロイ・アンダーソンという作曲家は『ワルツィング・キャット』という曲で、ネコにクラシックのワルツを踊らせてます。だからイヌだけじゃなく、ネコがクラシックをやってもおかしくないでしょ。
マクビーネコ お嬢さん、それが大きな間違いでね。ヨースケボスも、「クラシック、あとは野となれジャズとなれ」なんて歌ってる。たから俺達ネコは、ジャズをやらニャきゃぁ。時代の最先端を走るトップランナー・キャッツにニャラニャきゃぁ……。
チョウロウネコ ニャンとまぁ、それは難しい問題ですニャア。
マクビーネコ あ。チョウロウネコさん。俺達の話を、お聞きでしたか。
チョウロウネコ うむ。そもそも西洋音楽というのは、二百年ごとに大変化を起こしてきたんニャ。1150〜1350年が中世音楽の時代。1350〜1550年がルネサンス音楽の時代、1550〜1750年がバロック音楽の時代、1750〜1950年が古典派ロマン派音楽の時代で、それ以降の現代は、もうジャズもロックもラテン音楽もアフリカンビートも、それにイスラム音楽もヘブライ音楽もJポップも、何もかもいわば「世界音楽」のなかに発展的にすべてが解体される時代に入ったんだニャ。だからジャズだのクラシックだの、ネコだのイヌだのという時代は終わったニャロメ。
アキコネコ ♪Touch me it's easy to leave me……If you touch me, you'll
understand what happiness is……
ヨースケネコ ニャンと! こんなところにいたニャン。
アキコネコ あ。おじさん。
ヨースケネコ さあさあ。急ごう。コンサートの始まる時間じゃニャいか。
マクビーネコ そんニャら、俺達もお嬢ちゃんのヴァイオリンを聴かせてもらうニャン。
アクラフネコ ああ。クラシックもジャズも犬も猫も関係なく……。
全員 ♪Tonight will be a memory too.And a new day will begin……
(参考文献:西洋音楽二百年周期論は、柴田南男『グスタフ・マーラー』(岩波現代文庫)に引用されたヨアヒム・モーザー『音楽辞典』(1932年)を参考にしました。尚、その説について、さらに知りたい方は拙著『マーラーの交響曲』で指揮者の金聖響さんと対談してますので、是非とも御一読下さい。) |