オペラのなかで一番好きな作品、素晴らしいと思う作品は何?
とよく訊かれる。これほど困る質問はない。
何しろ素晴らしいものだらけで、一つになんて絞れない。R・シュトラウスの『ばらの騎士』やモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』、ヴェルディの『ドン・カルロ』やワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』…と考えるうちに、ちょいとひねりたくなって、『ウェスト・サイド・ストーリー』などという答えが口を衝いて出る。
すると相手は「それはミュージカルでしょ」と、予想通りの言葉を返してくる。「でも、オペラもミュージカルも音楽劇に違いはないですよ。英語で歌われてジャズ系の音楽が使われたオペラがミュージカルなだけですから」
そう言って相手を少しばかり煙に巻くのだが、けっして冗談を言ってるのではない。本気である。
レナード・バーンスタイン作曲の『ウェスト・サイド・ストーリー』はブロードウェイ・ミュージカルとしてもミュージカル映画としても大ヒットしたが、ミラノ・スカラ座をはじめ、世界の主要なオペラ座でも上演されている。
物語はシェークスピアの『ロミオとジュリエット』。それを、現代(1950年代)のニューヨークにたむろする若者たちの不良団(暴力団とまではいえない若者集団)に置き換えただけもの。
プエルトリコ移民の若者たちのシャークス団(キャピュレット家)の団長の妹マリア(ジュリエット)が、ダンスパーティに出て、敵対するジャック団(モンタギュー家)の元団長トニー(ロミオ)と恋に落ちる。
が、両グループの決闘で、トニーはマリアの兄ベルナルド(ティバルト)を殺してしまう。
そしてロミオは…じゃなかったトニーは、マリアの許嫁のチノにピストルで撃たれて死ぬ。が、その場に遭遇したマリアの流す涙を見て、若者たちは和解する。
現在50歳を過ぎた人は、誰もが若い頃にこの映画を何度も見て、何度も涙を流したはずだ。涙の理由はマリア役のナタリー・ウッドの名演技もさることながら、バーンスタインの素晴らしい音楽に心を動かされたから、と断言できる。
『トゥナイト』『マリア』『サムホエア』『ワンハンド・ワンハート』…といった美しいメロディの有名な楽曲に加えて、『アメリカ』『マンボ』『クール』…など、リズミカルで複雑なテンポの迫力溢れる音楽に心を揺さぶられる。
歳を重ねてからそれらの音楽を聴き直してみると、若いときに聴いて涙したり、ノリノリに感じたのとは異なり、不協和音をふんだんに取り入れた複雑な音の構成、見事なハーモニー、繊細な響きに、改めて驚かされる。
ありがたいことに、バーンスタイン自身が指揮をして、ホセ・カレーラス、キリ・テ・カナワといった大オペラ歌手が録音したときのドキュメンタリー映像(BBC製作)がDVDで発売されており、それを見て、そして聴くと、バーンスタイン
の音楽の素晴らしさに圧倒される(カレーラスがなかなか上手く歌えず、バーンスタインに詰られて腹を立てる、なんて貴重な場面まである)。
その素晴らしい音楽はブロードウェイにとどまらず、いまや「オペラの古典(クラシック)」となっているのだ。
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