コラム「音楽編」
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掲載日2005-05-16
CD
美空ひばり『魅惑のワルツ』
美空ひばり『魅惑のワルツ』

JCBのPR誌『ゴールド』に2年間(1999〜2000年)にわたって連載したコラム『オタマジャクシはバッハの子』からの“蔵出し”第6回目です。今回は、大スター美空ひばり!の登場です。

ひばりの川流れ

 子供のころ、美空ひばりが、どうしても好きになれなかった。というより、大嫌いだった。
 『柔』は、大仰ないかにもわざとらしい歌い方が耳障りに思え、『真っ赤な太陽』は、ミニスカートで踊りながら歌う姿が醜悪にしか見えなかった。なのに、どうして、こんな歌手が大騒ぎされるのか、不思議でならなかった。

 ところが、大学に進んだころ、「アングラ歌手」などと呼ばれて人気のあった浅川マキのコンサートで、彼女がひばりの歌をうたったのを聴いて驚いた。
 ♪右のポッケにゃ夢がある、左のポッケにゃチューインガム・・・という歌詞がひばりの歌だというくらいは知っていた。しかし、どうして、ひばりの歌なんかをうたうのか? と訝しく思いながらも、その歌のすばらしさに仰天した。

 『東京キッド』だけではない。バラッド風のブルースの『浮世船路』や『悲しき口笛』、軽快なリズムの『二丁拳銃ブギウギ』もすばらしかった。古さも大仰さも微塵も感じられなかった。
 浅川マキがうたったから良かったのだろう。一時はそう納得したが、友人の持っていた「美空ひばり全集」の第一巻のLPを聴いたとたんにぶっ飛んだ。

 『河童ブギウギ』『亭主関白ブギウギ』といった軽いノリの剽軽な歌で、ひばりは見事にバイブレーションを使い分けていた。ときにまっすぐ声を素直にのばし、ときにちょっとばかり演歌チックに喉をふるわせる。その使い分けが絶妙で、とても10歳前後の少女のテクニックとは思えなかった。
 『東京キッド』や『悲しき口笛』では、そのテクニックが見事に歌詞とマッチし、哀感を醸し出していた。

 いや、そんなテクニックに気づいたのは、何度も何度もLPを聴き直したあとのことで、はじめて耳にしたときは、これはビリー・ホリデイがうたってるのか、いや、エディット・ピアフだ・・・と友人と一緒になってステレオの前で大騒ぎしたものだった。
 しかし、それでも美空ひばりは好きになれなかった。

 デビュー直後の少女時代の歌はすばらしい。けど、少しでも大人びたあとは(『港町十三番地』あたりからは)テクニックばかりが際立ち、独特の節まわしがやはり鼻についた。
 おまけに、その後のあの衣装である。頭のうえにも背中にも、駝鳥が羽ばたいている大きな羽根飾りをつけるセンス(の悪さ)には、笑いをこらえきれなかった。あんな歌手を世間が大騒ぎするのは、昔がすばらしかったから、ただそれだけのことだと思いつづけた。

 『川の流れのように』だけは悪くない歌に思えた。が、身内の暴力団との関係を指摘され、すべての公共施設から締め出しを食らいながらも、身内や義理のある人の側に立ち続けたほどの反骨精神の持ち主が、「川の流れのように」とうたうのはそぐわないような気がして、やっぱり好きになれなかった。

 そんなこんなで、「子供のひばり」は大好きでも、「大人のひばり」は大嫌い、というのが長いあいだのわたしの嗜好だった。
 ところが一昨年、「大人のひばり」のビデオを見て、その考えが、根底からくつがえされた。
 それは、1980年頃に放送されたTV番組『題名のない音楽会』に出演したときのもので、そこでひばりは、自分のレパートリーのほか、和服姿で小唄や新内を披露し、ドレスに着替えてジャズのスタンダード・ナンバーやシャンソンを歌い、さらに、フル・オーケストラをバックにして、プッチーニのオペラ『トスカ』のアリア「歌に生き、恋に生き」を熱唱していた(そのビデオは、元オペラ歌手で、いまは演歌歌手の原田悠里さんと対談したときにお持ちだと聞いて、無理をいって譲っていただいたものだった)。

 ひばりのジャズもシャンソンも、じつに素晴らしいものだった。そして彼女のトスカは、マリア・カラスにも匹敵するほどの、まさに絶品といえる歌唱だった。
 マイクを使い、1オクターヴ下げて、少々演歌調の節まわしになった歌い方とはいえ、革命家の恋人が捕らえられて拷問を受け、その命令を下したサディストの権力者から愛を迫られた女が、切羽詰まった心の底からの訴えが、見事に表現されていた。はっきりいってこれまで聴いたどんな日本人のオペラ歌手よりも、ひばりのトスカのほうがはるかに上だった。

 「歌」とは、本来、こういうものだと思う。歌い方はどんなふうでもいいから、中味を聴かせてほしい。それが「歌」というものだろう。オペラでも、何ら変わるところはない。マリア・カラスでも、パヴァロッティでも、歌の中味をしみじみと聴かせてくれる。外国のオペラ歌手の西洋的発声のテクニックだけを真似て、ただ声を張りあげればいい、というものではないはずだ。

 そういえば一年前くらいだったか、同じく『題名のない音楽会』で、五木ひろしがうたったドニゼッティの歌劇『愛の妙薬』のアリア「人知れぬ涙」も見事だった。テノール歌手が高音を張りあげるのが普通で、パヴァロッティが最も得意にしているアリアを、五木ひろしは、自分流に、まるで『夜空』をうたうような節まわしでうたった。

 同じ番組で、わたしにひばりのビデオをプレゼントしてくれた原田悠里さんも、プッチーニの『蝶々夫人』のアリア「ある晴れた日に」を、見事な演歌調で(おまけに最後だけはオペラ歌手の歌い方で)歌いあげた(原田さんには申し訳ない言い方になるが、オペラ調の歌い方より、演歌調の歌い方のほうが、ずっとすばらしかった)。

 たぶん日本語で歌をうたう場合は、オペラであれ何であれ、義太夫や浪花節といった自然な日本語の抑揚をつけた歌い方に近い演歌調の節まわしのほうが似合っているのだろう。
 そして、母音が似ている(aiueoしかない)イタリア語のオペラのメロディには、演歌調日本語の歌い方がマッチするのだろう。

CD
美空ひばり『ナット・キング・コールをしのんで ひばりジャズを歌う』
美空ひばり『ナット・キング・コールをしのんで ひばりジャズを歌う』
プッチーニ『トスカ 全曲』
プッチーニ『トスカ 全曲』

 それにしても、美空ひばり、である。
 なるほど、他の歌手が一生涯をかけて研鑽しなければ手に入れられないほどの歌唱テクニックを、わずか十歳前後で身につけてしまい、その後もさらにその天賦の才を磨きつづけたひばりは、次からつぎへと量産される短い歌謡曲程度では、収まりきらないほどの歌唱力を身につけてしまったのだ。だから、必然的にテクニック過剰気味の歌唱が(わたしには)鼻について聴こえてしまったにちがいない。

 ところがオペラのアリアでは、そのテクニックが100パーセント生かされた。プッチーニの残したあらゆる楽曲のなかでも最高傑作といえる『トスカ』のアリアは、ひばりの天才的歌唱法のすべてを余すところなく引き出した。そして、そのテクニックがあってはじめて表現できる歌の中味が存在した。なんとも見事な美空ひばりの表現力だろう。

 ひばりがオペラのアリアをうたったのは、まったく残念なことに、このテレビでの一度きり、「トスカ」の一曲きりしかないらしい。が、スタンダード・ジャズ・ナンバーのアルバムは残されている。
 そのアルバムで、ひばりは、原信夫とシャープス・アンド・フラッツの見事に切れのいい演奏をバックに、『スター・ダスト』『ペイパー・ムーン』『恋人よ我に帰れ』『月光価千金』『慕情』『ぷりてんど』『夕日に赤い帆』といったナット・キング・コールゆかりのナンバーをうたっている。

 驚くほど素直な英語の歌唱があるかと思うと、ときに演歌調のひばり節が顔をのぞかせる日本語の歌もあって、天才ひばりの多彩なテクニックが堪能できる。が、すべてにひばり流の的確な表現と「歌の中味」がある。だから、なんだかんだと理屈をいう前に(いった後も)このCDを聴くと、とにかくひばりの歌の巧さ、表現の豊かさに舌を巻くほかない。

 それほどの天才ひばりが、センスを疑いたくなるようなミニスカート姿を披露したり、駝鳥が羽ばたいたような羽根飾りをつけたりしたのは・・・?
 わたしは、最近、齢四十も半ばをすぎて、彼女が「川の流れのように・・・」とうたった意味がわかりかけている。大スターだと持ちあげられた大スターは、素直に川の流れに乗ったのだろう。だから大スターたりえたにちがいない。

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