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10月1日(木)
昨晩寝る前に風呂に入ったのが良かったのか?頭がスッキリして今取り組んでる原稿のタイトルも浮かび朝5時に起きて朝パンまでに原稿を手直しして坂上康博教授にメール送稿。タイトルは《虫明亜呂無―日本人のスポーツに対する無理解の解消とスポーツ文化論の未来を照らす基点を再発見する》まぁマスコミ的なタイトルではないけどアカデミックな雑誌『現代スポーツ評論』だから良しとしましょう。ニャン。朝パンのあとスッキリした気分で散歩。歩きながらヨメハンが「どんな原稿書いたン?」と訊くので日本で最初にスポーツ文化論を書いた虫明亜呂無の…と話すうちにハッと気付くことがあった。結論にした『源氏物語』の女三の宮へ思いをよせる柏木がうたった歌の元歌の古歌として紹介されている「恋わびて夜な夜な惑うわが魂(たま)はなかなか身にも還らざりけり」だが…これはひょっとして古歌などではなく虫明氏のオリジナル創作ではないかという疑念が湧き起こったのだ。《この歌は恋愛感情をうたったものだが実際スポーツするたのしみはその惑いに惑う情念を何とかして身体にもどそうとする労苦に隠されているかも…》と虫明氏は書く。さらに《スポーツが往々にして青春を破壊してしまうのはこの古歌のような妖しい魅力がいっぱい…》と続くのだが平安朝以前の古歌としては《なかなか》という表現もちょっとおかしく思える…そうか!虫明氏はこの古歌を創作されたのだ!…と思うと虫明亜呂無という人は何と凄い人だ!という思いが改めて倍増した。事実は確かめようもない。存在したかもしれない古歌の出所を調べたがわからなかった。まぁ事実関係はどうでも良いですよね。とにかく美事なスポーツ文化原論なのですから…。にゃん。坂上先生から「素晴らしい原稿をありがとう」という返信メールが届く。苦労した甲斐がありました。晩メシはサッカーより虎vs巨人。点を取るべき時に取れない虎にイライラ。結局夜11時過ぎまでかかる延長戦で引き分け。原稿を完成していたから良かったと言うほかない試合でした。

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『乱』 仲代達矢の"リア王"も見事ですけど勝新太郎で見てみたかったですね。この撮影のあとピーターが「日本では良い仕事ほどギャラが安い」と言ってましたね
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10月2日(金)
講談社のWEB版『現代ビジネス』にスポーツライターの小林信也さんとの対談がアップされました。
(前半)https://gendai.media/articles/-/171551?imp=0
(後半) https://gendai.media/articles/-/171552?imp=0
前半が『「核弾頭」に行進…なぜ野球には戦争用語や戦時中の名残があるのか?』後半が『玉木正之と小林信也が語り尽くす「スポーツと政治とメディアの在り方とは…』というタイトルです。御一読ください。
10月2日(金)つづき
ベッドへの読書は久し振りに『はじめてのベルクソン』に戻る。人間の知覚を「足し算」ではなく「引き算」として認識する「イマージュ」の話などメッチャ面白いのだけど昨日完成させた虫明亜呂無氏に関する原稿が頭から離れずベルクソンがキチンと頭に入らない。書き終えても夜な夜な惑うわが魂(たま)はなかなか脳に還らざりけり…というわけか仕方ないので午前4時頃ベッドから這い出して原稿を再検討。大きく書き直す場所はないけれど誤字脱字てにをは変換ミスなどをいくつか発見。訂正して完成稿として坂上先生に送稿。ナンヤラカンヤラ考えるとこの原稿は1か月くらいかかって書き上げたことになるなぁと思いながら朝パン食ってヨメハンと散歩。原稿はまだ校正が控えてるから完全な完成までプラス1か月かな。昔黒澤明の映画『乱』に出演したピーターが日本ではイイ仕事をするほどギャラが安いと言っていたのを思い出す。That's right!フト思うところがあって講談社文庫の『文学者の見た世紀の祭典 東京オリンピック』を本棚から引っ張り出してチェックするが虫明亜呂無の名前はやっぱりなかった。この本は1964年12月に発行された講談社の単行本を定本として編まれたものだが虫明氏は東京五輪で見たことをすぐにマスメディアに書かれることはなかったようですね。岡本太郎の文章もあってもおかしくないのにないですね。あるものを探すより無い物を探すほうが意味がありそう…かな…ないかな?晩メシは燕vs巨人を見ながら。巨人も粘ったけど1−1の同点から8回裏燕に一気に4点を奪われた。これで虎のマジックはは1か…ここから虎が連敗をするかも…と思ってしまうのは古い虎狂の悪い癖ですね。

10月3日(土)
ベッドでの読書は『はじめてのベルクソン』を開いたがやはり頭に入りにくので虫明亜呂無の原稿に赤ボールペンで校正を始める。この原稿を読み直すのは既に20回以上かな?毎年いくつかはこれくらい何度も読み直して時間をかけて推敲する原稿がある。ラシッド・ウランダンの舞踏に関する原稿(蔵出し音楽参照)とか『スポーツとは何か?(世界思想スポーツ特集への原稿)』(蔵出しノンジャンル参照)とか。いや。どんな原稿でもどれもこれも結構20回以上読み直し書き直しているけど短いコラムが多いのでそれほど時間がかからず苦にならない。けど長い原稿は苦にはならないけどやっぱり時間がかかって疲れますなぁ。これも歳のせいかな。ニャン。今日は晩メシを久しぶりに会うボブさん(R・ホワイティング氏)がステーキを奢ってくれるというので朋友のSくんと一緒に丸の内の高級レストランへ…と思ってシャワーを浴びたり髭を沿ったり準備をしていたらボブさんからSorry but I have to cancel now.I am at hospital with dizzy spells.のメール。アッチャー。でHayaku yoku natte.と返事。たっぷり昼寝を取って晩メシはヨメハンの手作りアルモンデを食べながらアジア大会のサッカー日韓戦を見ながら。日本は0−1で負けたけどU-21の選手たちがU-23やオーバーエイジの選手たちの徴兵免除を賭けた戦い相手によくやりましたね。うわっ。昼間に虎が負けてナイターは巨人が負けて虎が初のリーグ2連覇を達成。チョット拍子抜けの結末ですけどマァ助っ人軍団に優勝を奪われるよりは誰が考えても良い結果ですね。あ。アルモンデというものはヨメハンが得意にしてる冷蔵庫に"あるもんで作る料理"という意味です。

10月4日(日)
ベッドのなかでの読書はようやく頭のなかから自分の書いた虫明亜呂無論を離れて『はじめてのベルクソン』の読書に集中。《イマージュ論と引き算による知覚》そして《凝縮と緊張》これだけ書くとナンノコッチャですけど《世界は端正な体系に収まるようにはできていない》のですね。《綺麗すぎる体系には嘘がある》なるほど。まるでゲーデルの不完全性定理ですね。しかしパッチワークのように創られた一つ一つ理論はオモシロイ。何度も読み返さないと理解できませんけどね。ニャン。ベッドから出て朝パンのあとヨメハンと散歩。目指せ!一日5千歩!1万歩は無理ですね(>_<)今日から虫明亜呂無論の仕事は離れて(まだ校正が残ってますが)別の仕事に集中。1週間くらいかかるその仕事(スポーツや芸術に対するあるアワードの審査です)を始める。次から次へとレポートを読んでふううう。晩メシは久し振りにDVDでパリ・シャトレ座での『オッフェンバックの夕べ』の公演を見ながら。ミンコフスキの指揮も素晴らしいけどアンネ・ゾフィー・フォン・オッターの歌唱は絶品ですね。アンコールで歌った酔っ払いの歌など本当に美女が酔っ払ってるようです。画面をテレビに戻すと『ダーウィンが来た!』で内戦で野生動物のいなくなったモザンピークの国立公園に動物すべてを人の手で戻す計画をやっていた。弱肉強食の野生動物の生態系をゼロから人工的に創り自然に戻すのですからね。凄い!続いて日曜美術館で草間弥生の再放送。作品の凄さがよくわかりました。続けてN響で初めて聴く『ヨハネの黙示録の音楽』何だか凄いものの連続はゲップが出そうになるので録画してベッドへ。名古屋愛知アジア競技大会の閉会式はテレビではやらないのですね。それも含めて大会運営は問題アリアリだったようですなぁ。《誰が悪いというのでもあるまい。スポーツを好きそうでいて実は意外なほどスポーツに愛着を持っていない国民性》と虫明亜呂無さんも書いてますが…嗚呼!

10月5日(月)
『はじめてのベルグソン』は第4章「生命の創造性を説き明かす-『創造的進化』が捉える進化のからくり」。めっちゃオモシロイ。生物の進化は機械論でも目的論でもなく時間の横軸と交わる縦軸の"温度(熱量)"で考えるわけですね。温度の高い大胆なアイデアと温度の低い既存の制約。その融合したところの「折り合い modus vivendi(生きる術)」で進化が生まれる。《問題は個々の変化があるかないかではありません。その変化がどれほど大きな過去を背負い込みどれほど遠い未来への行動可能性を開いてるかです。(略)40億年の歴史をこの宇宙に一瞬咲いた花のように一つの不可分な動きとして見る》それってスポーツを見る虫明亜呂無氏の視線と同じですね。巨人阪神戦の試合を見ながら《職業野球はこの世の果ての遊びであった》とか《辺境の娯楽であった》とか《だから僕は職業野球に惹かれた》とか《だから人々が応援した》と書いてさらに職業野球だけが《戦争万歳!皇国万歳!の声を聴かなくて済》み《職業野球だけが本当の値打ち揺るぎない存在理由を見せ始めたにはこの頃からである》と書ける虫明氏は時間軸(横軸)を軽やかに前後に跳びながら時間に左右されない野球の本質(縦軸)を(上下に)見つめていたのですね。ニャン。朝パンとヨメハンとの散歩のあとデスクワーク。あるアワードのスポーツ芸術部門の審査に集中。机の虫。ふうううううーっ。晩メシはサッカー日本代表vsニュージーランド戦。2-1の勝利は実力通り。しかしガチガチの相手ディフェンスの崩し方とか相手の速攻への備え方とか4バックの機能の仕方とか…課題が多く出たのも良かったですね。ニュースで臨時国会の開幕を知る。いつまで経歴詐称で下品で教養も感じられない女性宰相のナサケナイ時代が続くのでしょうか?

10月6日(火)
ベッドでの読書『はじめてのベルクソン』読み続ける。メッチャ面白い。「本能」とは鳥が飛ぶとか鯨(哺乳類)が海中に潜るとか「長い進化の時間をかけてその成果を身体や行動手順のなかに結晶させたモノ」なんですね。それに対して「知能」とは「個体の短い一生の時間のうちに目の前の状況に応じて道具を造り替え使い替えること」なんですね。つまり人間は進化の時間をかけて飛ぼうとしたり潜ろうとしたりするのではなく飛行機や潜水艦を創ったわけですね。ナルホド本能と知能は時間をずらせば同じことをしてるのですね。ただ本能は《羽は飛ぶことしかできないように決まった対象に対する決まった道具の使用》しかできないのに対して知能は《棒が杖にも武器にも釣り竿にもなったり石は投げれば武器に置けば重しに並べれば壁になる》ように《一つの対象が同時に複数の可能性に開かれる浮動性》があるのですね。とはいえ本能と知能を同じ出発点に並べるベルクソンはスゴイですね。ニャン。朝パンのあとヨメハンと散歩。?(ツクツクボウシ)が啼いたと思ったら二度と聞こえなくなった。これは?の白鳥の歌だったのか?デスクワークは今日も机の虫になってある賞(アワード)のスポーツ芸術部門の審査。オモシロイ企画もあればツマラナイ企画もある。百花繚乱。だからオモシロイのかな。しかしコンピュータで次々と大量に申請文を読み企画書を読み申請団体のHPを読むのは結構疲れる。ふううううーっ。夕方の散歩のあと再び机の虫。遅い晩メシをヨメハンと楽しんだあとベルクソンを持ってベッドへ。

10月7日(水)
『はじめてのベルクソン』読み続ける。人類は《自由の代償として不安定さを抱え込んでしまった。もし生命(自然)が何も手を打たなければ人類は自らの知能が産み出す遠心力で遠の昔に滅んでいたでしょう。生命がこの危機に対して開発した防衛措置-それが道徳であり宗教》なんですね。《神話や掟あるいは「神聖なもの」といった共同幻想は単なる文化的な産物ではない》のですね。《仮構機能(作話機能)》は《放っておけばバラバラになってしまう知能を持った人間たちを強力な磁場のように繋ぎ止めるために生命が仕込んだ代償メカニズムです》ナルホド。ベルクソンもシェイクスピアも筒井康隆も生命(自然)が生み出した素晴らしい産物なのですなぁ。あ。これに近い話は筒井大先生の『唯野教授』に書かれてたかな?読んだのが相当前なので忘れてしまったけど書かれていたとしても不思議ではない。読み直さねば。ニャン。ベッドから出て朝パン食ってRKB毎日放送『田畑竜介GrooonUp』の『Catch Up』にZOOM音声出演。今日の話題は東北地方の高野連などで提案され始めた野球用語の改訂について。野球には刺殺・捕殺・挟殺・併殺・三重殺・死球のようなルール用語に「殺」や「死」が多く使われたり敗戦・苦戦・激戦・戦犯・玉砕・核弾頭のように戦争用語で表現されることが多いのをスポーツ的な平和な言葉に直そう…というもので大賛成なのだがこれがナカナカ難しい。二死満塁は2アウトだから二去満塁?二出満塁?刺殺はput out 死球はhit by pitch(HP)…サアどうする?という話で最後は全部英語にしてしまえば…?野球をやれば英語の勉強もできる…で野球人口の減少に歯止めも…?皆さん!どう思われますか?ニャン。今日も机の虫の10時間。晩メシは天皇杯横浜F・マリノスvs京都産大の試合を見ながら。産大が先制したけど実力通りマリノスの勝利。産大のレッドカードは痛かったですね。せめてイエローにしてあげれば良かったのに…というわけにはいかなかったかな?国会が始まりましたね。農水大臣はまだ辞めませんね。総理の笑顔はイヤラシクて気持ち悪いですね…と思うのは小生だけではないと思います。

10月8日(木)
『はじめてのベルクソン』メッチャ面白い!メッチャ勉強になる。《戦争は理性の敗北でもなければ野蛮な過去の遺物でもありません。それは「閉じた社会」が自らの結束(均衡)を維持するための「自然」な機能なのです。この「閉じた円環」の中にいる限り平和への祈りは次の戦争への準備と表裏一体でしかありません。これは防衛的な戦争に限った話ではありません。帝国主義や植民地主義のような拡張の場合もまた内と外の境界は消えるのではなく押し広げられながら維持される。「文明化の使命」や「偉大な帝国」といった外向きの事業こそが内側の結束をいっそう強固にするのです。閉じた社会の力は守るときも広げるときも同じ論理で働いています》ナルホド。《皮肉なことに人間社会を成り立たせてくれたこの「閉じる力」こそが同時に社会を変わりにくくしている当の力でもあるのです》そこでベルクソンは「宗教=知能以上の情動=開かれた愛≒人類愛」を持ち出す。しかし《「人類」というくくりが本質なわけではありません。彼は人類を目標とせずに人類を超えることによって人類に達しているような愛だと述べています》《閉じた社会の延長線上に開かれた愛はありません》ナルホド。理屈はわかった。サテどーする?先を読まねば。ニャン。朝パンと散歩のあと机の虫になって某アワード(賞)の採点を完成させてメール送稿していたら本願寺の雑誌『御堂さん』から校正が届く。それを処理していると創文企画の『現代スポーツ評論』からも小生のチョット長い原稿『虫明亜呂無−日本人のスポーツに対する無理解の解消とスポーツ文化論の未来を照らす基点を再発見する』の校正も送られてくる。これは時間をかけてやる必要があるのでまずは何度も読み直す。晩メシは虎vs燕の今季プロ野球最終戦を見ながら。CSシリーズなんてクダラナイものは球団を最低でも16球団に増やしてから行うべきですね。「ワタシのヤナちゃん」はなかなか辞めませんね。往生際が悪いけど萎縮してるナサケナイ姿は経歴詐称でも堂々としてる女宰相よりはイイ人のようではありますね。

10月9日(金)
ベッドでの読書『はじめてのベルクソン 時間をひらく哲学』(平井靖史・著/講談社現代新書)読了。メッチャ素晴らしく勉強になりました。今年のベスト・スリーを選べと言われたら必ず入る一冊です。著者も「あとがき」に書いている。《できれば全人類に読んでほしいくらいの勢いで書きました》《内容に関して1ミリも妥協していないのはほんとうです》はい。そう思いました。難しくてまだきちんと理解できていないところがあるので最後にメッチャ俗っぽい引用をしておきます。《科学技術によって人間の「身体」はかつてないほど巨大化しました。望遠鏡は視力を宇宙の彼方まで広げ鉄道や自動車は人間の脚力を地球規模にまで拡張しました。私たちは神話上の巨人のごとき強大な物理的パワーを手に入れたのです》今や空まで飛べて月まで行けますからね。しかし《疑心何期に駆られた内向きの防衛本能のままに核兵器や環境破壊技術に手を付けてしまえば何が起きるか。巨大化した身体は自らを滅ぼす凶器となってしまうでしょう》狂気が凶器を手にしないよう気をつけましょう。朝パンと散歩のあと旧も机の虫。一橋大の坂上康博名誉教授から執筆を依頼された創文企画の『現代スポーツ評論』の特集「日本のスポーツ文化の現在とその先の未来」に書いた小生の原稿『虫明亜呂無−日本人のスポーツに対する無理解の解消とスポーツ文化論の未来を照らす基点を再発見する』の校正と取り組む。400字25枚。こーゆー長い原稿は集中して一気にやったほうがイイのですよね。ふうううーっ。夕方の散歩のあとも赤入れ原稿を読み直して…ふうううーっ。久し振りに『チコちゃん』見ながら晩メシ。今年のノーベル平和賞にICC(国際刑事裁判所)の元裁判官が選ばれましたね。まだ世界に良心が働いていることを示す素晴らしいニュースですね。ICCやICJ(国際司法裁判所)のトップが日本人だと言うことは経歴詐称の破廉恥な総理大臣がいるというナサケナイ落ち込んだ気持ちを少しは和らげてくれますね。

10月10日(土)
ベッドでの読書は虫明亜呂無氏の短編小説から『シャガールの馬』(『肉体への憎しみ』ちくま文庫より)を読む。巨人の沢村投手の応召を夫人の目から描いた『風よりつらき』や別れる男女の最後のテニスを性交渉のように描いた『夜明けの豹』や福岡マラソンを走るランナーの心理を描いた『海の中道』や東京五輪に出場するボートのエイトの選手たちの合宿での成功と失敗を描いた『ペケレットの夏』などハッキリと中味を今も憶えている短編もあるが『シャガールの馬』は虫明氏の代表作なのに何故か筋書がぼやけて内容を忘れていた。が1ページを読んだだけで思い出した。馬の調教に命を賭ける男の失恋譚ですね。別の男と結婚した女も男運が悪く金策のために昔の男に会いに来る。調教師がよく知る本命馬の有馬記念に賭けようというのだ。そこで大金を受け取った男は本命馬が実は肉体的限界にあることを知っていて別の馬に賭けて配当金で海外へ飛ぼうとするが…。虫明氏はスポーツを必ず男女の恋愛で描いてますね。それをテーマにした井上ひさし氏とのメッチャ面白い対談「スポーツ・人間・風土」も本文庫に収められている。編者は39歳の俺。我ながらイイ仕事をしましたね。ニャン。朝パン&散歩のあと昨日に続いて虫明亜呂無論の校正。時間をかけて丁寧に。途中プロ野球CSシリーズで中断。横浜は度会が9回表に決勝ホーマーで巨人に勝利。両チームのエースの投げ合いは緊張感溢れる試合で面白かったけど巨人の監督代行は自分が勝ってはいけないのでは…と悩んでいるような表情が可哀想ですね。自分も助っ人なら主力選手も助っ人。本当のジャイアンツと呼べるチームが誕生するのは何年後かな?夕方の散歩のあと再び校正で机の虫。遅い晩飯と酒でベッドへ。長く格闘した虫明原稿は明日でフィニッシュを迎えるかな?

10月11日(日)
ベッドで虫明亜呂無の短編小説2本『タンギーの蝶』と『夜明けの豹』を読む。どちらも男女の情念をスポーツに仮託して描いた作品。前者は巨人阪神戦のナイターに誘われた女性が不倫相手の男性から自立しようと決意する話。後者は堂々と不倫関係にある男女が旦那のアフリカ出張で別れることになった最後の夜に徹夜でテニスをする話。スゴイですねえ。こんなに男女のスポーツ(テニス)をエロチックに描いた小説は他にないですね。しかし…男性である虫明さんはこれほどまでの女性の情念をどこで学ばれたのかな?と考えてしまう。あ。スポーツを見て学ぶこともできるのですね。きっと…。ニャン。ベッドから出て朝パンと散歩のあと昨日完成させた創文企画の原稿の校正『虫明亜呂無−日本人のスポーツに対する無理解の解消とスポーツ文化論の未来を照らす基点を再発見する』の赤入れを清書してPDF.にスキャンして編集部へ送稿。休日だからきっと連休明けまで誰も見ないだろうけど手元にあるとまたまた原稿をいじりたくなるので送ってしまう。これで…構想から1か月かけた仕事は完了ですね。ふううううー。午後からプロ野球CSシリーズをTV観戦。ファイターズは意地を発揮して明日の再戦へ。巨人はやはり昨日書いたようにこのチームでは勝ってはイケナイとの力が働いたのか港星に連敗。代行監督ご苦労様でした。夕方の散歩のあとビールと日本酒でゆっくり晩メシ。ゆっくり風呂。一仕事終えた気分でベッドへ。その前にイヴ・タンギーの描いた蝶の絵を調べたけどどんな絵かわからなかった。でもタンギーの幻想的な構図と虫明さんの文章で「海の上を飛翔する蝶」は目に浮かんだ。それでいいのだ。

10月12日(月)
ベッドでの読書は『教養としての〈まんが・アニメ〉』(大塚英志+ササキバラ・ゴウ著/講談社現代新書)を読み始める。第1部まんが編の第1章は『手塚治虫「成長の困難さ」と戦後まんが』。2001年5月発行の本で多分講談社から送られてきたのを読まずに我が家の漫画の本棚に積ん読にして置いたものだがメッチャ面白い。何故もっと早く読まなかったのかと大後悔。手塚治虫は戦前のギャグ漫画の記号的表現と戦後的新たな写実的表現をドッキングさせて新しい戦後まんがを創ったのですね。さらに交通事故死した息子に変わって天馬博士が創ったアトムは成長しないという「怖ろしい欠点」のためにサーカスに売られるんですね。また別の物語『アトム大使』では宇宙人との和平交渉に成功したアトムが宇宙人から「今度遇うときは成長した姿で」と「大人の顔(頭)」を贈られるんですね。これらは戦後の日本人を12歳の子供と言ったマッカーサーに対して成熟の困難さを生涯のテーマにした江藤淳と同じ悩みを抱いた手塚の表現だったかも…。ナルホド。名古屋愛知アジア大会も1964年の東京五輪から2021年の2度目の五輪を経て一向に成熟(成長)できなかった日本人の堕落した姿かもしれませんね。しかも最近では成熟(成長)しない永遠の5歳のチコちゃんがもてはやされるくらいですからね。嗚呼。朝パン&散歩のあと庭の延びすぎた木の枝を切ったり藪枯らしを引き抜いたりという庭仕事を少々。昼メシのあと虫明亜呂無の推敲校正原稿を坂上先生にも送ったり少々仕事してCSシリーズ獅子vs闘士は見事にファイターズの完勝。セパとも3位のチームが勝ちましたね。夕方の散歩のあとビール飲みながらミンコフスキ指揮ローラン・ペリー演出ナタリー・デッセー主演のオペレッタ『天国と地獄』を見ながら晩メシ。途中から久し振りにTVKで吉本新喜劇を愉しんで食後は昨日録画したNHKスペシャル『靖国問題』を見る。日本の戦後は戦前との縁を切れない人が多いのですね。BC級戦犯やA級戦犯は戦場で死んでないのだけどやはり戦死になるのかな?

10月13日(火)
『教養としての〈まんが・アニメ〉』メッチャ面白い。手塚治虫の描いたアトムの「成長しないという怖ろしい欠陥」=「アトムの命題」=マッカーサーの呪い!は『巨人の星』の星飛雄馬や『あしたのジョー』の矢吹丈のビルドゥングス・ロマンへと引き継がれるのですが彼らの"成長"を促しているようで実は阻んでいる星一徹や力石徹の存在で成長物語は挫折するのですね。オモシロイ!いや面白すぎる解釈ですね。素晴らしい!そして主人公の「自らへの身体との闘い」は萩尾望都や大島弓子や竹宮恵子の少女漫画の主人公たちの「自らの身体への目覚め(発見)」と身体を超えて「心(精神)の目覚め」へと発展するのですね。スゴイ!それらの流れが漫画の作画技術の発展とともに解説されているところが凄すぎます!『ポーの一族』も『マージナル』も『イグアナの娘』も読まなきゃ!すべて「アトムの命題」をひきずってるのか…。スゴイ!ニャン。最近虎太郎が涎を垂らしまくってる。老化現象が始まったのか。黒兵衛の次は虎太郎の番か。その次は俺の番かな(苦笑)。虫明原稿を完成させたのでチョットゆっくりTAMAKIのスポーツジャーナリズムや明日のラジオの準備をしてたらNHK-BSの午後の映画で『新幹線大爆破』をやっていたので見てしまう。高倉健や宇津井健や千葉真一やオールスターキャストがドラマを締めてこれは何度見ても面白くてイイ映画になってますね。公開は1975年。ギリギリ高度経済成長が終わる時期だけど1964年の東京オリンピックを舞台にした小説『オリンピックの身代金』(奥田英朗・著)と同様高度成長の時代は成長から取り残された人々も少なくなく今と較べて結構貧しい人や苦しんでいる人の多い時代だったと言えますね。今もそうかな?そうですね。晩メシは録画しておいた『新幹線大爆破』を再度見ながら。コノ映画はいろいろチェックできる部分の多い映画ですね。ミスター超大作と呼ばれた佐藤淳也監督の作品としては大黒屋光太夫(緒方拳)を描いた『おろしあ国酔夢譚』も好きですね。

10月14日(水)
ベッドでの読書『教養としての〈まんが・アニメ〉』読み続ける。メッチャ面白く戦後日本サブカルチャー文化史の勉強になります。サブカルのほうに歴史の本質がありますからね。第4章「吾妻ひでお〈おたく〉なるものの起源」も第5章「岡崎京子 高度資本主義下の少女まんが」も見事な文明論でした。90年代の女の子のルーズソックスも吾妻ひでおが80年代に既に「くしゅくしゅの靴下」としてコギャルに履かせていたのですね。岡崎京子の『Pink』と『リバース・エッジ』は是非とも読みたい逸品のようですね。ピンク色の薔薇を愛してバスルームに血塗れの肉を食べるワニを飼い南方に旅行することを夢見て(その夢は達せられないが)ホテトル嬢を続けるギャルというシチュエーションはスゴイですね。《昭和20年の初夏手塚治虫はまんがの記号絵の中に死にゆく身体を発見しました。それを手塚に発見させた戦争はかつてこの国が「国民の歴史」を作ろうとし失敗した果てにあったものだったはずです。だから戦後まんが史がその始まりの時から「記号的身体」と「生身の身体」の狭間でナショナリズムとは違う形での「アトムの命題」に纏わる解答をずっと模索し続けてきたことはハッキリと主張しようと思います。その試行錯誤の過程を追いかけそして共有することこそが高度情報化社会を生きる僕たちの「教養」でありその一点のみにおいてならぼくはサブカルチャーでしかないまんがやアニメが「教養」であると宣言しても一向にかまわないと思うのです。胸を張って》大拍手です!!スポーツもサブカルチャーの側に置かれていたわけで小生が今まさに書いた虫明亜呂無論は「スポーツも教養であると胸張って言いたい」との主張だったわけです。ニャン!!ベッドから出て朝パン食ってRKB毎日放送『田畑竜介GrooonUp』の『Catch Up』にZOOM音声出演。今日の話題は史上最多の観客数を集めたプロ野球は早く球団数を増やす方向に動いたほうがイイ…戦後米メジャーは16球団から30球団に増えたのにずっと12球団のままのプロ野球は恥ずかしくないのか!?という話。しかしメディアが支配してる限り日本の野球界の改革は無理でしょうね。嗚呼。いろいろ雑務を片づけたあとCSシリーズ観ながら晩メシ&酒。博多の鷹は強いですね。虎の打線は粘りがないですね。嗚呼。

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『アタック�bP劇場版』 これは未読です。主人公は子宮筋腫で亡くなるそうです。女性の身体をテーマにしたスゴイ作品なんですね
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10月15日(木)
『教養としての〈まんが・アニメ〉』は第2部アニメ論に突入。第6章は宮崎駿と高畑勲の分析。オモシロイ!2人とも東映動画の出身なんですね。と言うことは小生が小学生の時の月に1回くらい小学校の講堂で上映された巡回映画で見て感激した『白蛇伝』や『安寿と厨子王丸』なんかとも関係していたのかな?それはともかく宮崎と高畑のコンビの相違点の分析は見事!第7章は出崎統。アニメ版『あしたのジョー』の分析がスゴイ!特にアニメ版『あしたのジョー2』の最後のシーン=ジョーがホセ・メンドゥーサとの世界戦を終えて「真っ白になった」あとのシーンが原作とは異なっているとの指摘に驚嘆。小生はアニメを見ていないが白木葉子の最後の台詞も違うのだ。シーンも台詞もほんの少しの違いだが「真っ白になったジョー」の意味が正反対になっているという。矢吹丈は死んでない!「あした」に向かって生き続けるのだ!アニメを見なきゃ。それに『アタック�bP』の主人公が子宮筋腫で死ぬというのも女性の身体の発見という意味でスゴイですね。まんがもアニメも観直さないとイケマセンね。朝パンと散歩のあとは『ZAITEN』の連載「今月のスポーツ批評」をたっぷり時間をかけて書く。『ZAITEN』が今月号でプロ野球のtoto参入を特集で取りあげていたのを受けてtoto(賭博)は基本的に公平なスポーツでないと成立しないからプロ野球もチームの企業名をやめて親会社企業もスポンサーの地位に変えなければならないはずというコラムを書く。企業名のままでは公平性が担保されずtotoは成立しないはずですよね。原稿を書き上げたところへ創文企画から虫明亜呂無原稿の再校が届く。ハイ。週末にネジを巻き直して取り組みます。晩メシは虎vs港星を見ながら。虎は1984年以前のダメ虎の万年2位状態に逆戻りしましたね。江夏投手が心臓を押さえて倒れたり田淵が頭に死球を受けたり。そして惜しいところで負ける?これが虎の伝統?これは古いトラキチの戯言?サァ明日からどうする?鷹は強いなあ。

10月16日(金)
ドジャース1番大谷見事な3ラン・ホーマー。軽く打って見事な飛距離!打棒復活か!?……なんて思ってたらドジャースがあっさり敗退。日本のタイガースも呆れ返るほど弱いですね。嗚呼。
10月16日(金)つづき
大塚英志+ササキバラ・コウ『教養としての〈まんが・アニメ〉』(講談社現代新書)読了。第8章は『海のトリトン』や『機動戦士ガンダム』の監督・冨野由悠季。第9章は『新世紀エヴァンゲリオン』を作ったアマチュア集団ガイナックス。そして「補講」としてメディアミックスの先駆者・石ノ森章太郎。どの章もメチャメチャ勉強になりました。漫画やアニメは少々早く卒業してしまった小生ですけど再勉強してみます。本書は取りあげてなかったけど石ノ森章太郎が沼正三のの『家畜人ヤプー』を漫画化した理由もよくわかりました。恋人の家具にさせられてしまった麟太郎は『サイボーグ009』や『ミュータント・サブ』や『仮面ライダー』や『キカイダー』と同様《特別の能力を身に付けてしまった自らの運命に悩み普通の人間には戻れない自分の姿に悩み続ける》のですね。そして《創造主である神々に向かわざるを得なくなる》わけか…ナルホド。《仮面ライダー》もキチンと見直さなきゃ。ニャン。朝パン+散歩+ドジャース敗戦のあと虫明亜呂無原稿の再校と『ZAITEN』連載原稿の校正。虫明原稿は明日も読み直し続けることにして虎vs港星の試合を見ながら酒&晩メシ。ははははは。こんなに弱い虎を見るのは久し振り!こんなに強いベイスターズを見るのは初めて。ははははは。あまりの虎の弱さに嗤ってしまった。投手はそこそこ頑張ってるのに打撃陣は打てないくせに必死さも感じられない。ベイの選手がミスしてくれてるのに付け込めない。こんなチームは日本シリーズに出ても恥かくだけですね。嗚呼。昔なら甲子園の観客席から「コラアーッ!火ィつけるどー!アホンダラァー!」と野次が飛んで暴動になるところですね。最近の虎ファンはみんな優しいですね。

10月17日(土)
阪神タイガースは本当に良いチームですね。キチンと明日の仕事の時間を確保してくれたのですから。トホホ。(>o<)ベイスターズは今季終盤の強さの実力を出しましたね。しかし最後の投手はドリスやないやろ!石井やろ!トホホ
10月17日(土)つづき
ベッドでの読書は中野幸一&丸谷才一『新潮古典文学アルバム8源氏物語』(新潮社)。もちろん虫明氏が書いた柏木と女三宮の"不倫"の物語の以前にあった(と虫明氏が書く)古歌を探るために開いたが冒頭丸谷氏のエッセイ「後朝(きぬぎぬ)」が面白かった。光源氏が六条御休所を訪れての朝帰りのシーンを大野晋氏が解説。床から出られず「御髪もたげて」六条御休所が見送るというのは「愛執が深かった」わけですね。つまりSEXが激しく布団を出られなかったと。それでも見送ろうとしたのは古代信仰(万葉集以来)の型で男の無事を祈る女性の呪術的行為だったのですね。そういう古代的要素が江戸時代の儒教の浸透以降は失われてわからなくなるというのですね。ならば柏木の心理を映し出す古歌「夜な夜な惑うわが魂」というのも古代信仰から存在していたと考えられそうですね。この本には資料として鎌倉時代に成立した『風葉和歌集』に源氏をはじめ当時流行っていた歌が2千首収められているとうのでひょっとして虫明氏の紹介した古歌「恋わびで夜な夜な惑うわが魂はなかなか身にも還らざりけり」も載っているかもしれない…けどマァ俺は源氏の研究者でもないからこの辺りで止めておこう。暇になったら谷崎源氏でも読みましょう。ニャン。森下・佐藤輝・大山の奮闘虚しく虎は敗退。まぁ神奈川県民として港星を応援しますか…しかし博多のラジオとはもう35年以上のお付き合いだしどっちが勝っても嬉しい試合は野球がキチンと見えて良いですね。晩飯食いながら…しかし虎に日本シリーズに出させてやりたかったなあ…とつくづく思う。港星の選手たちの準備万端に較べてペナントレースで疲れ切ってしまった虎は可哀想でしたね。嗚呼。

10月18日(日)
ベッドから起きて朝パン食べながら東京新聞の目を通したら前川喜平さんのコラムに目がとまる。『辻褄の合わない高市答弁』がオモシロイ…と言うより納得。以前から阿呆かと思てた高市答弁「朝は入浴し朝食を支度し後片付けをしお化粧もし男性の総理大臣より3・4時間余分に時間を使ってるかも知らん」はホンマに阿呆かと言うほかない阿呆さ加減でしたが前川氏は「総理就任以来0時間〜3時間睡眠が常態化」と高市総理がXに書いていたことを取りあげ「もし本当に睡眠も削って入浴炊事化粧などに3~4時間も使ってるなら危機管理能力どころか時間管理能力の欠如も問われる」とバッサリ。「思いつきの言い訳を繰り返すから辻褄が合わなくなる。そんな答弁はまったく信用できない」ハイ。その通りですね。ニャン。朝の散歩の後終日「虫明原稿」の再校と取り組む。昼メシ食って午後も徹底的にチェックして赤字を入れたゲラをPDF.にして夕方編集者にメール送稿。ふううううう。これで1ヶ月半かけた原稿も一段落かな。晩メシは久し振りにNHK『ダーウィンが来た!』でオーストラリアの大都市に暮らすカピバラを楽しんだあとNHK-Eテレ『日曜美術館』を見ながら。多田美波という彫刻家は全然知らなかったけど本当に素晴らしいと思った。江東区にある都立現代美術館で展覧会をしているらしいからヨメハンと一緒に足を運ぶことを約束。

10月19日(月)
ベッドでの読書はサッカー・ジャーナリストの大住良之さんの紹介で著書を贈ってくださるようになったフジテレビの村社淳さんが2014年に上梓された『ワールドカップがもっと楽しめるサッカー中継の舞台裏』(角川SSC新書)を読み始める。10年以上前の本になるがタイトル通りテレビのサッカー中継の舞台裏がよくわかってオモシロイ。来月の"TAMAKIのスポーツジャーナリズム"には是非出演していただきたいですね。ニャン。朝パンと散歩のあと創文企画の「虫明亜呂無原稿」の再校をキチンと読み直してキチンと清書してメール送稿。昼メシ後には訂正原稿が届いたので再び読み直すと「流れ出す」と書いていた部分を「滲み出す」に替えたくなって再度訂正をお願いする。ナンヤラカンヤラで百回とは言わないけれど50回くらいは読み直した原稿を4校まで校正。11月20日発行の『現代スポーツ評論』55号に掲載されますが一橋大の坂上康博名誉教授編集の「日本のスポーツ文化の現在・その先の未来」という特集にはド真ん中のストライクの原稿だと自分でも満足のできる原稿になりました。エッヘン。その後尚美学園大学の佐野慎輔教授の都合で明日に延ばした"TAMAKIのスポーツジャーナリズム"の内容を考えたりイロイロ仕事して晩メシは久し振りに吉本新喜劇を見ながら。スッチーさん・アキさん・千葉ちゃん・マキバオー・あいちゃん…など豪華な舞台で面白かった。しかし校正作業は疲れますなあ。赤ボールペンを手に赤字を書き入れる作業は日頃のキイボードを打つのとは姿勢が違うので余計に疲れるのかな。虫明亜呂無さんが千宗室氏の点前について書いてるように腹筋を垂直に保ってボールペンを動かしたりキイボードを打つメカニック(熟練工)として機能する身体になれば疲れないのかも…と理屈は言えても40年以上我流の姿勢でメカニックはなれていない身体では無理ですね。攻めて脳細胞だけは動いてることで自分を許しておきましょう。

10月20日(火)
ベッドで『ワールドカップがもっと楽しめるサッカー中継の舞台裏』読み続ける。振り返ってみれば日本にJリーグが生まれてW杯に初出場して自国開催を喜んで…という時代は日本のサッカーにとっても世界のサッカーにとってもイイ時代だったと言えるのかもしれない。決勝戦のチケットに1千万ドルの値がついた現在…早晩テレビ放送も有料配信となるかも…。昔は良かったという言葉は決して老人の戯れ言ではなく人間はひょっとして太古の昔からそーゆー"良い過去"の積み重ねで"悪い未来"へ歴史を動かしてきたのかもしれませんね…と思いながら読んでます。ニャン。チョット雑務をこなしたあと夕方収録の"TAMAKIのスポーツジャーナリズム"の準備をして午後5時から本番。ゲストに尚美大学名誉教授で笹川スポーツ財団上席研究員で元産経新聞記者の佐野慎輔さんを迎えて「愛知名古屋アジア競技大会とはいったい何だったのか?」をテーマに�@史上最低の大会!?日本人がまるで注目しなかった大会!!何故そんなことになったのか?�Aそもそもアジア競技大会とはどんな大会なのか?�B愛知名古屋アジア大会を踏まえて日本のスポーツの未来を考える…というテーマで佐野慎輔さんといろいろ話し合う。多くのメディアやYouTubeで指摘された運営上の様々な問題以上にその裏にあった根本的な問題を佐野氏と深掘りできたのは素晴らしかったです。また名古屋在住のスポーツライターの小崎仁久さんが名古屋のシラケた報告とコベントリーIOC会長が来日した(名古屋に来た)のに高市首相が会わなかったことを批判的に取りあげたことから佐野氏も俺もそれを最悪の行為だったと非難。天皇皇后両陛下が来られてるのに首相が来ずコベントリーも中国のメディアの取材を受けて日本のメディアは無視。高市首相はスポーツの価値がわかってないのですね。来週からYouTubeにアップされますので是非とも「アジア大会の本質的失敗論」を御覧下さい。
10月20日(火)つづき
今日は47回目の結婚記念日。金婚式まではあと3年。思えば遠くまで来たもんだ…という感じかな。ヨメハンは俺の大好きなチキンオムライスを作ってくれてケチャップで47の文字。ミニステーキと赤ワインで乾杯。馬鹿たれ子供どもや孫どもは一人も祝いの言葉を寄こさないけれどマァそんなもんでっしゃろ。何故か今日は児ラオ誠二さんの命日でもあるのですよね。合掌。

10月21日(水)
虫明亜呂無氏の原稿が一区切りswベッドでの読書はスポーツを離れたくなったので中川右介『巨匠(マエストロ)たちのラストコンサート』(文春新書)を読み始める。まずはトスカニーニ&バーンスタイン&カラヤン&マリア・カラスの項目を楽しむ。資料(書物と録音)からの記述だから驚きはなく異論もいろいろあるけどクラシック音楽ファンには気楽に楽しめた。ニャン。ベッドを出て朝パンのあとRKB毎日放送『田畑竜介GrooonUp』の『Catch Up』にZOOM音声出演。今日の話題はセ・リーグも来シーズンからDH制の採用で世界の野球界はDH制が完全に主流になったという話。かつてアメリカン・リーグのアスレチックスの名物オーナーでユニフォームに白黒以外の派手なカラーを使ったり球場を動物園にしたりしたチャールズ・フィンリーさんが観客がシーズン100万人以下となった球団が9球団も出たことでアイデアとして出したのがDH制だったわけで最初は客寄せのためのローカル・ルールだったのですね。そこからイロイロ発展したとかパ・リーグには代打ホームラン男の高井選手を助けようという声もあって採用したところが打率のアップと同時に投手の完投数も増えて…投打ともにレベルアップ…とかイロイロ話す。野球のルールは19世紀の誕生以来イロイロ変化したけど…唯一変化していないのが塁間90フィートというダイヤモンドの形。それで昔も今も=走者がバットを持って走ったりスライディングがまだ発明されていない時代から現代まで延々とクロスプレイが楽しまれているのだからオモシロイですね…とイロイロ話してからヨメハンと散歩。「虫明原稿」でまだ少し訂正箇所が生じたので創文企画の編集者と連絡を取って訂正をお願いしたり…雑務の一日。晩メシはパリ・シャトレ座のミンコフスキ指揮オッフェンバックのオペレッタ『美しきエレーヌ』を見ながら。クライバー指揮R・シュトラウスのオペラ『薔薇の騎士』で元帥夫人を見事に演じたフェリシティ・ロットのエレーヌが色っぽいですね。ロラン・ペリーの演出は『天国と地獄』とともに抜群に素晴らしいですね。

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『天地創造』 ジョージ・C・スコットのアブラハムとエヴァ・ガードナーの存在感は別格ですね
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10月22日(木)
ベッドでの読書中川右介『巨匠(マエストロ)たちのラストコンサート』(文春新書)を一気に読了。リパッティ&クライバーそれに特別編(ボーナストラック)のモーツァルトを気楽に(それくらいなら俺でももっと知ってるでぇと思いながら)読んでいたら最後のロストロポーヴィチで気楽さを見事に砕かれて感激。著者の日本共産党との関わり(祖父が結成時のメンバーだったらしい)とロストロポーヴィチのソルジェニーツィンとの関わりやソ連の崩壊などが熱を込めて書かれて俄然面白さを増した。他の音楽家が20〜30頁だったのにロストロポーヴィチは40頁超。彼は《「自由の戦士」と「1万5千ドルのために演奏するセレブ好き」と「祖国への愛」と「音楽への情熱」という矛盾する性格を持っていた》そして《矛盾を許さないという思いが全体主義国家を生む。ロストロポーヴィチがソ連で生きていけなくなったのは当然なのである》ナルホド。彼のバッハの「無伴奏チェロ・ソナタ」のDVDを見直し聴き直してみましょう。それにシュニトケのオペラ『愚者との生活』(間奏曲のタンゴは現役時代の浅田真央さんが試合に使った音楽です)もロストロポーヴィチ指揮だったはず。聴き直さねば。ニャン。
10月22日(木)つづき
虫明亜呂無氏に関する長い原稿の仕事が一区切りしたので部屋の整理。しかし1ヶ月半もほったらかしで仕事に熱中した部屋はなかなか片付かないし掃除も出来ないものですなぁ。トホホ。あっと言う間に夕方の散歩と晩メシ。昼間NHK-BSでジョン・ヒューストン監督の映画『天地創造』をやっていたのを途中まで見て後半を録画していたのをカインとアベルやソドムとゴモラから見る。アブラハムに子殺しを示唆するなど西洋の絶対神は嫉妬深くて高圧的で嫌なヤツですね。うわっ。アブラハムは貫禄があると思ったらジョージ・C・スコットだったのですね。ヨメサンはエヴァ・ガードナー。ノアの方舟のノアはヒューストン監督自らで音楽は黛敏郎。まぁ一度はキチンと見ておかねばとの映画が見られて良かったです。NHK-BSで夜遅くやっていたエンハンスト・ゲームズは録画してベッドへ。ドラフトはメジャー志望の横浜高校の織田投手を巨人が指名。計画通りの出来レース?…ではないでしょうね。

10月23日(金)
読売ジャイアンツが松井秀喜新監督の就任を発表した。正直言ってガッカリ。いや松井新監督には何も責任はない。がコレでプロ野球の旧マスメディア支配が継続することになった。つまり野球ジャーナリズムは働かず朝日毎日の支配する高校野球社会人野球とともに日本の野球界全体は発展できず停滞が続くことになる。嗚呼。シャーないなあ。織田投手との裏取引はなかったでしょうね?
10月23日(金)つづき
村上龍さん死去。同い年。辰年。74歳。彼のTV番組には2度呼ばれた。1度は江本孟紀さんと一緒に。日本のスポーツ(野球)はマスメディアから独立しなければならないという小生の持論を彼は理解してくれた(動いてはくれなかったけど(>_<)。小生が一番好きだった作品は『ニューヨーク・シティ・マラソン』。男娼の殺人事件が起きる町に暮らす男娼とともに暮らす娼婦がマラソンで俺に勝ったら2千ドルやると言われてマラソンに挑戦する話。最初は否定的だった恋人の男娼も友達の娼婦たちもやがてみんなが応援するようになり主人公の娼婦は懸命にマラソンに挑戦する話。安っぽいヒューマンドラマでもなくスポーツ万歳でもなく爽やかにスポーツを讃えるイイ小説です。合掌。
10月23日(金)つづきのつづき
うわっ。小生が大尊敬している作家の一人である小林信彦氏も亡くなった。『唐獅子株式会社』を初めとする唐獅子シリーズ『唐獅子惑星戦争』『唐獅子超人伝説』『唐獅子源氏物語』の他中原弓彦のペンネームでの『日本の喜劇人』はイロイロ改訂版も含めて勉強させていただきました。合掌。
10月23日(金)つづきのつづきのつづき
朝ベッドから出て朝パン&散歩のあと録画しておいた昨晩のNHK-BSで放送された『欲望の人間拡張ビジネス〜アメリカ・エンハンスト・ゲームズ』を見る。この5月にラスベガスで行われたドーピング(薬物)OKの大会については既に資料を漁ったり原稿を書いたりしていたが主宰者や選手らがナマ声でインタヴューを受けてるドキュメンタリーは認識を新たにしました。すべての根源は薬品会社の若返りビジネスと若返りたい欲望丸出しの唾棄すべき馬鹿どもによって成立しているのですね。嗚呼。現代という時代にはゲーテの『ファウスト』ほどの深味もなければ黒澤明の『生きる』ほどの感動もない世界が広がっていたようですね。しかしコノ反ヒューマニズムの大会を動かしてるのが(選手を除けば)アメリカとオーストラリアの若き白人ばかりというのもちょっとコワイですね。コンドキュメンタリーは何度も見直します。イロイロ考えねば…。昼間は終日仕事部屋の整理と雑用。晩メシは『チコちゃん』を見ながら。黒兵衛がいなくなって柴犬がほしくなりました。その前に涎ばかり垂らすようになった虎太郎が問題かな?しかし…長嶋茂雄が拡大し読売新聞(他のメディア)を助けた日本のプロ野球(野球界)はこの先野球人口の減少とともにどういう衰退を見せるのか…メッチャ心配です。

10月24日(土)
ベッドでの読書は平田オリザ『演劇の誕生』。昨日講談社から届いた現代新書の一冊で読み始めたら面白くて止まらない。人類を「演じ分ける人=ホモ・ペルソーナンス」と捉え「踊る身体」「歌う身体」から言語の獲得「認知革命」「共感革命」「伝達革命」「謀略(知略)革命」を経て遊動型狩猟採集民(縄文以前)中緯度(定住型)狩猟採集民(縄文人アイヌ人イヌイットなど)農耕民(弥生人)遊動型商工民(フェニキア人)定住型商工民(ギリシャ都市国家の人々)農耕民(メソポタミア古代エジプト古代ペルシャなど)の分類史から「暇」と「退屈」の生まれた定住型商工民のなかから演劇(ギリシャ悲劇)やスポーツ(古代オリンピック)が生まれた話は面白い。スポーツ(身体訓練)が戦争(ギリシア市民の義務としての重装歩兵)につながってることだけを重視している記述は少々不満だが(最強軍事国家のスパルタがオリンピックの成績は悪かったですからね・笑)世界史の別角度からの鳥瞰はオモシロイ。とりわけ三内丸山遺跡が交易の中心であると同時に観光の中心だったという指摘はリアルで愉しくて面白くていいですね。ニャン。
10月24日(土)つづき
ベッドから出て朝パンと散歩のあと今日も仕事部屋の整理。昼メシ後はラグビーTV観戦。日本vsフィジー。接戦だったけど日本が雨天での戦略を統一していれば勝てた試合でしたね。残念。晩メシは日本シリーズを見ながらと思ったけどNHK-BSで『解体キングダム』をやっていて鎌倉の古刹の解体が面白かったので見てしまう。おまけに続けて『脅威の庭園〜庭師たちの四季』も見てしまう。アメリカの日本庭園ランキングで21年連続1位の島根県の足立美術館の庭は…これほど人工的なのは小生は嫌いですね。気持ち悪い。マァ個人個人の蓼食う虫でしょうが桂離宮の庭のほうがイイですね個人の感想ですが。チャンネルをTBSに変えると福岡が1-0で横浜をリード。そこへ牧が同点ソロ・ホーマーで延長戦。両チームともチャンスを逃したりピンチを押さえたりの好試合で結局は福岡庄司の決勝二塁打で鷹の勝利。CSで北海道を破ったラッキーボーイ(LB)が日本シリーズでも活躍。LBの出現は短期決戦で大きいですね。虎はLBが出なかったですね。港星には出るかな?

10月25日(日)
平田オリザ『演劇の誕生』読み進む。メッチャ面白い。古代ギリシャを"民主政+哲学+演劇"を一緒に語るのは素晴らしい!!その背景に"貨幣の流通+歴史意識の成立+弁論術の隆盛+文字の普及"を指摘するのも納得。小生はこれにスポーツ(古代オリンピック=対等に優劣を競う概念の誕生)を加えて考え直してみたいですね。エレクトラに関してアイスキュロス&ソポクレス&エウリピデスを並べて解説してくれたこともありがたかったです。小生はR・シュトラウスのオペラでしか知らなかったので3人の古代ギリシャの作家によるエレクトラという女性の意識(解釈)の変化がメッチャ面白かった。ニャン。朝パン&散歩のあと少し仕事をしたあと昼寝&仕事部屋の整理。今読んでる『演劇の誕生』と同時に講談社から送られてきた現代新書にパラパラ目を通す。郭四志『世界資源争奪戦 国際秩序を動かす「見えない力」』は帯に《私たちは今100年に一度の文明的転機に立っている-資源を制する国が世界を制す!産業革命二度の世界大戦からイラン戦争までヘゲモニーの変遷を鮮やかに整理》とある。今の時代コレは読まねば。卯城竜太『東京藝大現代アート裏入門』この本はマァ気楽に…なんて思ったらトランプが2期目の大統領になった時に藝大で現代アートの授業を持つようになった教授が《はじめに(序文)》で《こういう時代にアートに何ができるのかと思うわけですよ》と書いてる。絶対読まねば!山本冴里『大人の外語学習 日常が冒険に変わる』も面白そう。《かつて英語学習に挫折した人に贈る珠玉の語学エッセイ》ヨッシャー。これは俺みたいな英語本の翻訳はやっても英語を話せない阿呆が絶対に読むべき本ですね…とイロイロ摘まみ読みを愉しんだあと日本シリーズ観ながら晩メシ&酒。筒香が逆転3ランを放ったあとに次女が高1と小2の孫を連れてやってくる。長女の世話で川崎フロンターレの試合を見に行ったらしい。サッカーをやってる小2の孫はスタジアム入りする選手とハイタッチできたと大喜び。ワイワイガヤガヤ騒いで晩飯食って帰る。日本シリーズは山川が9回に同点場外ホーマー。さらに柳田の代走に出て打順の回った川村が延長十回決勝ホーマー。ホークス強い!しかし強いホークスに食らいつくベイスターズもナカナカ美事。面白い日本シリーズです。

10月26日(月)
ベッドでの読書は『演劇の誕生』(平田オリザ著/講談社現代新書)。あまりの面白さに第5章エリザベス朝演劇(シェイクスピアとフランスのモリエール&ラシーヌなど)→第6章能の誕生(伎楽・猿楽から観世流の隆盛と衰退へ)→第7章再び世界演劇史(イプセン&チェーホフからメイエルホリドとスタニスラフスキーへ)→終章あとがきに変えて…まで一気に寝るのも忘れて読み切ってしまう。著者が最後にシンプルなまとめを書いてくれている。《本書の主眼はシンプルだ。人類史の観点から演劇・演じることの起源を明かすこと。そしてギリシャ悲劇・能・エリザベス朝ルネッサンス演劇の発生にある種の共通点を見いだそうと》すること。大学での「演劇入門」という授業を《受講する学生たちに演劇をできるだけ大きな視野で捉えてもらうために私なりに工夫した》ものが新書になったらしい。そして《この五年間私のほら話に付き合ってくれた学生に感謝したい》という。イイですねえ( ^o^)ノ。小生の大学での授業も「法螺話」だと笑って韜晦できるようなものにしたいですねぇ。ニャン。ベッドを出て朝パンのあとイロイロ仕事。散歩は雨天中止。夕方からは"TAMAKIのスポーツジャーナリズム"収録。ゲストに五輪アナリストの春日良一さんを迎えて愛知名古屋アジア競技大会の徹底検証PART�U。世の中では既に過去のものとなった愛知名古屋アジア大会だが我々真のジャーナリズムを目指すものとしてはキチンと落とし前をつけておきたいですね。サスガ春日さんはその失敗の理由をたった一言で"ケチだった"と表現。あらゆる運営面でカネを"ケチった"ことから逆に多額のカネがかかったのでは?という指摘も!春日さんは「名古屋はケチ」という評判を知らずにその言葉を持ち出したところがスゴイですね。いま専修大ジャーナリズム学科の山田健太教授の番組がアップされているあとに元産経記者の佐野慎輔さんのアジア大会批判がアップされて春日良一さんの話はそのあとにアップされます。乞う御期待!!

10月27日(火)
ベッドでの読書は卯城竜太『東京藝大現代アート裏入門』(講談社現代新書)読み始める。面白い。現代アートとは《闘争であり発明であり財産で》あり《金(きん)でありウンチであり空虚であり迷路であり新たな知覚であり問いでもあります》ナルホド。著者の学歴は高校中退。即ち中卒。《学ばないとアートがわからないなんてアートに向いてないんじゃないの?》ブラーヴォ!小生も高卒で大学や大学院の授業をイロイロ担当した(してる)けど親近感が湧きますね。ニャン。ベッドを出て朝パン&散歩のあとイロイロ仕事。うわっ。ちばてつやさんが亡くなった。何年か前にエンジン01というグループで御一緒に仕事をさせてもらったとき移動のバスで隣に座らせていただき『あしたのジョー』のことなどイロイロ話を聞きたかったけど隣に座ってるだけで嬉しくなって何も話を聞けず「スポーツの仕事頑張ってください」と言われただけで大感激してのぼせ上がってしまった。素晴らしい人でした。小学生のときは『紫電改のタカ』の戦争に悩むパイロットに感激して零戦より紫電改のほうが好きになりました。合掌。終日本ホームページの原稿作りや明日のラジオの準備。晩メシは日本シリーズを見ながら。博多の鷹は強いですねえ。9回2アウト2ストライクから同点打。そして延長10回さよならホーマー。劇的(ドラマチック)な試合の連続は素晴らしいけど神奈川県民としては横浜にも1勝くらい分けてほしいですね。GMOってGrobal media Onlineの略なんですね。PHPは松下幸之助のPeace Happiness ProsperityではなくPersonal Home Pageなんですね。IBMがInternational Business MachineでNABISCOがNational Biscuitのことだとわかったときと同様ツマラナイですね。アルファベットの略語はカッコつけてるだけのことが多いですね。嗚呼。

10月28日(水)
卯城竜太『東京藝大現代アート裏入門』読み続ける。『アートとは何であり何でないか-ドクメンタ15と社会彫刻』を読み切るだけで面白すぎて熟読して一晩かかってしまった。最近「ニッポン・アートは世界の頂点である」と書かれた高橋龍太郎『現代美術コレクター』(講談社現代新書2016年刊)を読んだばかりだったので《この10年間で世界の現代アートシーンにおいて最も注目された国はどこでしょう?》と書かれているとハイハイ日本ですねと思って読み進むと何とインドネシアだという。この10年間で世界の絵画界はガラリと変わってしまったのか?ドイツの片田舎のカッセルという人口20万人の町に1500人のアーティストが結集して開かれた第二次大戦後から始まって第15回目の5年に1度の展覧会(芸術祭)の芸術監督に招かれたのがインドネシアの《アートコレクティブ「ルアンルパ」》で《従来の欧米的な基準では「アート」とは評価されにくいむしろ「活動」そのものに近いような実践が数多く登場した》という。著者はそのような「現代アート」の生まれ出た必然をナチスの「頽廃芸術展覧会」以来の歴史を踏まえて解説する。そして《「社会彫刻」や「ソーシャル・プラクティス」という概念を追いながら「アートなるもの」を考え》《「作品」や「作家性」といった従来自明とされてきた価値観が「活動」へと移り変わってる現象》を明らかにする。《インドネシアをはじめ東南アジアの国々は気付けばその実践の宝庫となり欧米が守ってきた「アート」という概念に対して大きな転換をもたらしている》という。世界の「アート界」では凄いパラダイムシフトが起こっているのですね。ミケランジェロが巨人ゴリアデに向かって石を投げようとしている後にユダヤ王となるダビデを彫刻にしたルネサンス期の傑作の姿が現代(現在)ではゴリアデがイスラエル(ネタニヤフ)で石を投げるダビデがガザ地区のパレスチナ人に変わっているように…。この本を熟読しなきゃ。
10月28日(水)つづき
ベッドを出て朝パンのあとRKB毎日放送『田畑竜介GrooonUp』の『Catch Up』にZOOM音声出演。今日の話題は日本シリーズの熱戦を称賛してからちばてつやさんの逝去に哀悼を捧げてロッテルダムで行われた世界体操で男子チームが団体2連覇をはたしたことを取りあげる。そして体操という競技がどんなに面白いものかを話す。五輪に3大会出場し金5銀1銅3のメダルを獲得した塚原光也さんが言っておられたことですが体操競技というのは人間にできることを発見する競技で倒立も月面宙返りも難易度Iのシライ3(伸身後方2回宙返り3回捻り)も基本的に人間なら誰にでもできる技だそうです。ホンマカイナと思いますがメッチャ優れた発想ですよね。ニャン。朝夕の散歩を挟んで終日本HPの原稿作りをして(株)bitさんのスタッフにメール送稿。そして日本シリーズを見ながら晩メシ。博多の鷹はスゴイとしか言い様がなく呆れ返るほど見事なまでに強かったですねえ。来年からDH制を採用するセ・リーグの巻き返しはあるのかな?超コーフンして読んでいる『東京藝大現代アート裏入門』を持ってベッドへ。この本のタイトルは何故「裏入門」なのかな?西洋的伝統がやっぱり「表」なのかな?イヤイヤこっちのほうが「オモテ」に思えるけど…。

10月29日(木)
ベッドでの読書は『東京藝大現代アート裏入門』の第2回目の講義『アートの「力」はどこにあるのか-アート(と)アクティビズム』を読む。一晩一講義。非常に内容の濃い講義に布団のなかで唸りながら読む。《囲われた芸術村を離れたアーティストたちはその外にある社会の多様な視点のもとで個人の生やコミュニティのあり方を提案する存在になった-「現代アートが社会運動のひとつとなった」この変化こそが近代から現代へと至るアートの大きな物語なのです》納得です。未来派→ダダ→SI→シュルレアリズム→ミニマリズム→アートアクティビズムの流れもよくわかりました。《ベトナム戦争の際にワシントン・ポストに広告として掲載されたベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)二によるアクションで「殺すな!」の文字を書いたのは岡本太郎》だったのですね。《ゴッホ「ひまわり」にトマトスープをかけて抗議する環境団体「Just Stop Oil」》や《女は裸にならないとメトロポリタン美術館に入れないの?》と問題提起し《近代美術部門の女性作家が5%未満でヌードの85%が女性であるということを突き付けさらに「数少ない男性ヌードの大半はキリストである」と皮肉を添えた》匿名でゴリラの被り物をしたアーティスト集団「ゲリラ・ガールズ」の存在なども勉強になりました。一方で「法を守るべき」たとえばトランプ大統領が国内法も国際法も守らない現代で《アート(と)アクティビズムがトランプ政権やテロリストたちとどう立場を切り分けているのかという難問こそがテロの時代を経験し新たなファシズムが台頭しつつある今世紀における現代アートの核心だとは言い切れるでしょう》確かに。第8回まで続く講義を必死に勉強させていただきます。
10月29日(木)つづき
ベッドを出て朝パン&散歩のあと請求書を書く雑務や名古屋中日文化センターでのオペラ講座の来年の原稿を書いたりしていると中央公論社から書籍封筒が届く。何かと思うと中国の専門家・近藤大介さんが講談社を離れて初めて著書『ありのままの中国 ビジネス・流行・若者のリアル』(中公新書ラクレ)だった。さっそく中国の「若者文化」「中国社会」「中国経済」「日中関係」「先端技術」に分かれた章のなかから「蘇超(スーチャオ)おらが町のサッカーチーム」を読む。多人数でのチームプレイの下手な中国人がサッカーリーグとサッカーチームの運営に苦労している話。近藤氏の中国の話はめっちゃリアルなだけに面白い!晩メシ前に仕事部屋のCDの棚を整理していたら現代オペラのクルト・ヴァイル『三文オペラ』のコーナーにあるHKグルーバー指揮アンサンブル・モデルンの演奏でニナ・ハーゲンがビーチャム夫人を歌ってるのを発見。何年か前にNHKの『映像の世紀』でドイツのメルケル首相が引退で官邸を去るときにこの東独出身のパンクロック・シンガーのヒット曲『カラーフィルムを忘れたのね』を希望したことを知るまで小生はニナ・ハーゲンを知らなかった。こんな近くに彼女が存在していていることを知らなかったとは実にナサケナイ話です。ヴァイルの生誕百年没後50年記念で26年前にRCAから送られてきたCDでした。そのころはニナ・ハーゲンをただのロック歌手程度にしか思ってなかったのですね。まだまだ身近に知り落としてることがあるかも…いろいろキチンと勉強して知識を蓄えなければいけませんね。

10月30日(金)
『東京藝大現代アート裏入門』は3回目の講義『アートにとって「メディア」とは何か-サウンドとパフォーマンスアート」を受講(本を読むという表現よりこっちの感じでスゴイ!)。《9・11貿易センタービル崩壊はアートか?》《トランプ大統領支持者による連邦議会議事堂襲撃はアートか?》《三島由紀夫割腹事件はアートか?》《キリストの辻説法と磔刑はアートか?》…そんな問題について考えるわけですね。スゴイ!《人間の「身体」とは最も共感性の高いメディア(媒体)のひとつなのです》しかも最も自分の近くに誰もが所有しているモノですよね。スゴイ!《氷のレコードという音響彫刻は儚い再生音が空中に消えてしまうのと同じようにレコード自体も溶けて消えちゃう》のですね。焼酎「百年の孤独」のラベルに書かれているエリック・ドルフィの言葉(私はそれを山下洋輔さんに教えてもらいました)"When you hear music after it’s over, it’s gone in the air, you can never capture it again."を氷のレコードは具現化(見える化)したのか!スゴイ!ベトナム戦争のころはピストルの実弾で自分の腕を撃たせたパフォーマーがいたり今も実弾入りのピストルをこめかみに突き付けられるパフォーマンスアートを実行する女性がいたり…現代アートはテロリストにも宗教者にも負けない営みに挑戦し続けているのかな?何だかスゴイ!この本はまだ8分の3しか読んでないけど今年一番の衝撃の一冊です。ニャン!ベッドを出て朝パンと散歩のあとのデスクワークは連合通信の連載『スポーツ玉手箱』第184回に「松井秀喜巨人新監督就任」のことを書く。長嶋茂雄監督の後継との呼び声だが張本・簔田・落合・清原・江藤・工藤を他球団から獲得して15年中日本一2回の後継では…ちょっと心配という話。おまけに朝毎読の大新聞オールドメディアによる日本球界の支配が続くのは残念ですね。松井新監督には責任はないけど…イヤあるのかな?

10月31日(土)
ベッドでの読書『東京藝大現代アート裏入門』は4回目の講義『アートは「誰のもの」か-キュレトリアル・スタディーズ』に突入。スゴイ!《何も展示しない展覧会》の《空虚》もスゴイ!《「作品に触れてはいけない」という美術館のご法度を逆手にとって展示物を食べてよし私物を置いてもよし》そして《展示作品すべてを観客が持ち帰ることのできる「Take Me(I'm yours)」》もスゴイ!《アーティストが書いた指示書》に従って観客が創る《do it》もスゴイ!《芸術の非芸術化》も《非芸術の芸術化》もオモシロイ!《いまやキュレーターはリサーチの射程を作家や作品に限らずかつて芸術が扱ってこなかった農業やサイエンス・ビジネス・コミュニティ・教育・労働・ケア・環境といったアートの「外」へと広げています。刺激的な潮流です。しかしこの先には「アーティスト」という絶対的な概念が解体される危険性すら浮かびあがります(略)この事態を「すべてが作品/アーティスト」と呼ぶか…「作品/アーティストの消滅」と呼ぶか…は未来に委ねるとして…》コレはスゴイ!ことですねぇ。Enhansed Gamesやeスポーツやドローンスポーツなど現在の爛熟しきった世界のスポーツ界においての「スポーツ/アスリートの消滅」や「解体」という事態(情況)も考えてみたいですね。スゴイ!ニャン。ベッドを出て朝パンと散歩のあとデスクワークは「最後の書き下ろしの一冊」の内容が昨夜頭にパッと浮かんだので今まで書いていた文章をすべて破棄。よし!これで行こう!というアイデアの目次をまとめる。ハッハッハ。やったぜベイビー!(古いなあ・笑)今読んでる本に刺激されたかな?あるいは松井秀喜の巨人監督就任で絶望感が臨界点に達したかな?(笑)。本のタイトルは『革命的スポーツ論!』3年越しの本の企画がやっとまとまる方向が見えました。もちろん「虫明亜呂無論」も「ウランダン論」も「スポーツを見る方法論」も入れます。Let it be!専修大での講義はどーしようかな?入れましょう!Let it go!

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