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2026年の正月は、アメリカのベネズエラ攻撃という、ショッキングなニュースで幕を開けた。
米空軍が首都カラカスを爆撃。民間人をふくむ100人以上を殺害し、特殊部隊が大統領公邸を急襲。マドゥロ大統領夫妻を拉致してアメリカへ連行し、麻薬の密輸容疑で裁判にかけることになった。
トランプ大統領の狙いは、埋蔵量がアラブ諸国以上に世界一と言われる石油の採掘利権を取り戻すためとも、「アメリカの裏庭」と言われるカリブ海や南米諸国への中国やロシアの影響力の排除にあるとも言われている。
トランプ大統領はベネズエラ攻撃に続いて隣国コロンビアやメキシコの「麻薬密輸」に対する「攻撃」を示唆。さらにデンマーク自治領のグリーンランド獲得の意志を示すなど、「武力」を背景にした圧力を強化している。
さらにイランで激化した反政府デモを支持し、2,403人とも言われる一般市民の死者が、さらに増えた場合の軍事介入の可能性も言及した。
この原稿を書いているのは1月中旬。TVやネットから得られる情報では、まだまだ先の読めない状況だ。が、日本のメディアの報道や、そこに登場する識者たちの分析では、まったく触れられない事実が存在する。
それは昨年11月19日、国際連合総会で満場一致(議場の総意=コンセンサス方式)で採択された「オリンピック休戦決議」のことだ。
正式には、「スポーツとオリンピックの理想を通じた平和でより良い世界の構築」と題した国際連合の決議だが、2年に1度開催される夏季と冬季のオリンピックとパラリンピックの期間中−−五輪の開幕1週間前から、パラリンピックの閉幕後1週間までの間、あらゆる武力紛争を休止しようという決議だ。
今年のミラノ・コルチナ冬季オリンピックは、2月6日開幕、22日に閉幕。同パラリンピックは3月6日開幕で、16日閉幕。従って、1月30日から3月23日までの約2か月間が、全世界で武力紛争を休止する休戦期間として、アメリカもイランも、ロシアもイスラエルも、すべての国連加盟国の賛成によって決定されたのだ。
この原稿を、ここまで読んでこられた方のなかには、「今更何を寝惚けたことを……」と思った方もおられるだろう。
「オリンピック休戦など、一度として守られたことがない理想論だ」と言う人もいるに違いない。
確かにそうかもしれない。 古代ギリシアのオリンポスの祭典(古代オリンピック)では、4年に1度の祭典競技が行われる約1か月間、「エケケイリア=刀の柄にかけた手を押さえる、手をつなぐ」という意味の聖なる休戦期間が設けられ、その休戦の約束を破った都市国家は、古代ギリシア(ヘレネス=賢人)の一員から排除され、異民族(汚い言葉を話すバルバロイ)の烙印を押されたという。
そのような短期間でも平和を希求する考えを真似て、クーベルタン男爵は「平和の祭典」としての近代オリンピックを立ち上げ、1994年のリレハンメル冬季五輪からは、国連総会の決議も伴うようになったのだ。
が、古代オリンピックのような強烈な民族意識による罰則が伴うわけではない近代オリンピックでは、まだ一度としてオリンピック休戦が実現したことはない。
ただし、08年の北京五輪が終わった直後にロシアがグルジア(現ジョージア)に侵攻。14年のソチ冬季五輪の直後にもロシアがウクライナのクリミア半島に侵攻して占領。そして22年の北京冬季五輪と冬季パラリンピックの間にもロシアがベラルーシの協力を得て、今日まで続くウクライナ戦争を開始。
3度に及ぶ「オリンピック休戦違反」に、さすがにIOC(国際オリンピック委員会)も黙視するわけにはいかず、パリ五輪以降ロシアとベラルーシの国としてのオリンピック出場を禁止。様々な国際競技団体(IF)へも同様の処分の検討を指示。ほぼ全競技団体がIOCの指示に従い、IPC(国際パラリンピック委員会)も同様の処分を科し、ロシアとベラルーシのアスリートは、ほとんどの国際スポーツ大会に「国」の代表として参加することができなくなった(その後IPCは、その資格停止処分を解除した)。
IOCが中心となって科したこの処分に対して、ガザ地方で「ジェノサイド」と言われるほどの攻撃を繰り返したイスラエルには、何の処分もないのか? という声も聞かれた。
が、IOCの説明はある意味明解で、ハマス(パレスチナ)のイスラエルに対する攻撃(23年10月)も、それに対するイスラエルの反撃も、五輪休戦期間中に始められたものでない、というものだった。
パリ大会の休戦期間中も、ガザでは戦火が止まなかった(休戦できなかった)が、それを五輪休戦違反と認定するには、パリ大会休戦期間中に世界各地で起こった約70の武力紛争に対しても、何らかの処分の判断を下す必要がありIOCには、とてもその判定を下す能力がないというのだ。
何しろリレハンメル冬季五輪以来、五輪休戦期間中にも武力紛争が継続した例は、世界で常に19〜40回もあったのだ(以上、紛争の数は、坂上康博「戦争と同時並行で開催された平和の祭典」=『現代スポーツ評論51』創文企画より)。
しかしそれでも、近く開幕するミラノ・コルチナ冬季五輪の休戦期間中にアメリカの関与する武力行使が予想される現在、やれフィギュア・スケートで活躍するのは誰で、スノウボードではメダルの独占も……などと騒ぐだけでなく、アメリカがオリンピック休戦を破ればどうなるか? アメリカの選手がロシアの選手と同じ扱いになれば、オリンピックはどうなる? 2年後のロス五輪は開催できるのか……? といったことにも考えを及ぼし、オリンピックの「真の目的」=「スポーツによる平和の実現」を報じるのも、メディアの大切な役割のはずだ。
メダルの数を騒ぐだけでは、世界の醜い政治と戦争から目を逸らせる「スポーツ・ウォッシング」を推し進めることになると、メディア関係者は自覚すべきだろう。
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