4月7日(アメリカ現地時間)ロサンゼルス・ドジャースが、首都ワシントンDCを本拠地とするナショナルズとの対戦直前に、ホワイトハウスのドナルド・トランプ大統領を表敬訪問した。
この出来事を日本のテレビのワイドショーは大きく報じ、トランプ大統領が大谷翔平選手の昨年の「50本塁打50盗塁(フィフティ・フィフティ)」を絶賛し、「まるで映画スターみたいだ」と賞賛する場面を伝えた。
なかには、トランプ大統領が大谷選手だけを大統領執務室に招き入れ、特別扱いしたかのような報道をしたテレビ局もあった。が、ドジャースの主な選手は全員、大統領執務室に次々と招かれており、別に大谷選手だけが特別扱いされたわけではなかった。
それはともかく日本のマスコミが、このドジャースのホワイトハウス表敬訪問について報じなかった事が二つあった。
一つは(これは少し紹介したワイドショーもあったようだが)、ドジャースの本拠地ロサンゼルスでは、監督や選手たちのホワイトハウス訪問に反対する声が少なくなかったことだ。
地元紙『ロサンゼルスタイムス』は、ドジャースが慣例に従い、前年のワールドシリーズ優勝チームとしてホワイトハウスを訪問すると発表したとき、「ファンや関係者から激しい反発があった」と報じたという。
「トランプ大統領は賛否両論の渦巻く大統領であり、とりわけロサンゼルスの有権者は、前年の大統領選挙で民主党のカマラ・ハリス氏にトランプ大統領の2倍の票を投じた。そんな背景もあり、トランプ大統領の招待を断ることを主張した人も少なくなかった」というのだ。
折しも2日前には全米の50州で、60万人を超える"反トランプ・デモ”が起こり、トランプ大統領の仕掛けた"関税戦争"に対する反対論も渦巻き始めたこともあり、この表敬訪問でドジャースや大谷選手に"傷がつく"ことを心配する声もあったという。
が、ドジャースのマーク・ウォルター・オーナーは、「チャンピオン・チームがホワイトハウスに招待されるのは伝統行事。その伝統行事に参加できて嬉しい」と語ったという。
この「伝統行事」という意味が、日本のマスメディアが報じなかった2点目だ。
アメリカ大統領は、MLB(メジャーリーグ・ベースボール)だけでなく、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ=アメリカンフットボール)NBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)NHL(ナショナル・ホッケー・リーグ=アイスホッケー)のチャンピオン・チームの監督や選手たちをホワイトハウスに招くことも"伝統"にしている。
それらのスポーツはすべて19世紀後半にアメリカでルールが整えられ、発展したスポーツだ(アイスホッケーは発祥はカナダだが、NHLとして発展したのはアメリカだ)。
19世紀後半という時代は南北戦争(1861〜65)が終結し、アメリカの"南北分断"が避けられ、国が一つに纏まったなかでアメリカ・ナショナリズムが強まった時代だった。
そこで、ヨーロッパから伝わったスポーツのフットボール(サッカーやラグビー)は忌避され、1869年、ニュージャージー州のラトガース大学とプリンストン大学が試合をしたのが始まりというアメリカン・フットボールや、ヨーロッパのフットボールを室内(体育館)で手を使って行うゲームに変えたバスケットボール(1891年にマサチューセッツ州YMCAの体育教師J・ネイスミスが創案)など、アメリカ独自の球戯が生み出され、人気を博すようになった。
そのときベースボールは、実はヨーロッパ生まれの球戯(ボールゲーム)ではないかという疑義が生じ、ナショナル・リーグのミルズ会長を委員長にした「ベースボールの起源調査委員会」が設けられた結果、ベースボールは1839年ニューヨーク州クーパースタウンで、北軍のアブナー・ダブルディ将軍によって創案されて始まったとの結論が、1907年に公式に発表された。
実は、この結論はデッチ上げであることが後に判明。
メジャーリーグ(ナショナル・リーグ)の生まれる前の組織であるナショナル・アソシエーションのボストン・レッドストッキングスの投手として活躍し(1871〜9)、引退後はスポーツ用品メーカーを立ち上げて成功したアルバート・スポルディングが中心になって作った「調査委員会」が、彼の親戚のダブルデイ将軍に花を持たせた創作であることが判明したのだ。
今ではベースボールは、ヨーロッパから伝わったタウンボールやラウンダースと呼ばれた球戯を、1845年にニューヨークの消防士でニッカーボッカー・ベースボールクラブのオーナーであるアレクサンダー・ジョイ・カートライトU世が、14条のルールに纏めたのが始まりとされている。
が、クーパースタウンは今も野球殿堂が設けられ、アメリカ人は野球発祥の地という"神話"を楽しんでいる。
いずれにしても今日のベースボールもアメリカ生まれの球戯には違いなく、ナショナル・リーグの誕生(1876年)とアメリカン・リーグの誕生(1900年)を経て、1903年のワールドシリーズ開始以来、その優勝チームはホワイトハウスに招かれ、大統領の祝福を受けるようになった。
そして、それに習ってアメリカ生まれのスポーツのチャンピオン・チームもホワイトハウスに招かれるようになり、それは「アメリカ独自の文化」を大統領が讃え、国内を団結させ、世界に「アメリカ」を発信する「伝統的政治的行為」となったのだ。
その意味で「ドジャースという組織には様々な国や人種で様々な背景を持つ人間が大勢いる。その全員がホワイトハウスを訪問したのは素晴らしい経験だった」というロバーツ監督のコメントは、アメリカという国の大きな意味での「政治的行為」を実践したものと言えるだろう。
それに対して選手たちを一人一人大統領執務室に呼び入れ、プレゼントを手渡したトランプ大統領の行為は、単なる自分の人気取りという「小さな政治的行為」と言うべきかもしれない。
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